キンモクセイ

作文 打出の小づち

ここは「道場日記抄」からの抜粋のページです。
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国語編

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も く じ
項 目 掲載年月日 項 目 掲載年月日
 1 国語の超勉強法 Apr.18 '00  2 超勉強法の成果 Jun.5 '00
 3 文章の要約の効用 Jun.7 '12  4 入試と記述問題 Nov.18 '04
 5 古典と作文 Feb.8 '01  6 物語を絵にする Mar.27 '01
 7 珠玉の一編 Dec.25 '00  8 ある入試選考 Apr.28 '05
 9 山村留学と日記 Apr.14 '01 10 国語だより  Jun.24 '01
11 定期試験対策   Oct.14 '00  12 夏期講習   Aug.17 '01 

※ '12、'13年についてはこちらへ。


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打ち出の小づち−総もくじ; 作文編; 小論文編; 閑 話



1.国語の超勉強法
補遺・補足

Apr.18. '00 

 新学期になって10日余り、それぞれの諸君のプログラムも決まった。といっても、何をどうするか、その方向性が決まったという程度である。作文を主とする生徒、教科書の勉強を主とする生徒と、コースはおおよそ二とおりに分かれるが、どの生徒にもさせる作業に「文章の要約」がある。

 この作業は、教科書を主とする生徒にはメインの作業として、作文を主とする生徒には題材が不足したときなどに行わせる。これがあるため、プログラムは弾力的に進められる。まちがいなく役立つ作業が根幹にあると思えば、道草を食ってもいられる。

 3月に、今は中1のカンくんが入ってきたとき、お母さんが「ここで勉強すると、スパッと成績が上がるんですってね」と言った。そんな噂が立っているようだ。必ずしも即効性があるわけではないが、きちんと読み取って試験前に模擬問題でもやれば、定期試験の得点は当然上がる。

 それよりも、要約の作業の利点は、まず、言葉の操作を通じて言葉に習熟していくことにあり、また、練習それ自体が頭の体操になって、うまく書き切れれば快感が得られることにある。究極的には頭脳の鍛錬、抽象能力の涵養であるから、地力がついて教科全般にも波及する。そこから、『言語能力は学力の基礎』という命題も立てられる。


 どうすれば国語力をつけることができるか。これは教育界の難題である。昔からの方法で有効なものに、音読と意味調べがある。学力の程度は文章を音読させてみればだいたい分かる。すらすら読めるかどうかが一つのバロメーターとなる。

 ところが、昨今は映像文化の影響で、家庭で音読の練習をすることはあまりないようで、意味調べにしても、どうせやってこないからという理由で、宿題にする学校も次第に減っているようだ。このような情勢にあって、要約の作業では否応なく、まともに文章と向かい合わなければならない。
 その効用については上述のとおりであるが、卑近な例では、教科書に沿って進めれば、ついでに漢字も覚えられるという利点もある。

 これらはまことにオーソドックスな方法なのであるが、「驚異の」得点力がつくことを考えれば、「超」勉強法であると言ってよいかもしれない。


 ついでながら、例えば大学入試では、推薦入試の枠が広がり、さらに、AO入試が導入されて、論述が多く求められる傾向にある。しかも、小論文の8割は「文章の要約と論述」という形式で出題されている。ともかくも「書く」機会が増えている。よって、長期の目標を大学入試に設定するならば、生徒諸君はますます要約の練習をしなければならない。







←○ 超勉強法とは。










←○ 成績が急上昇するという噂。




←○ 要約の作業の利点。








←○ 国語力を測るバロメーター。




←○ 家庭学習に求められること。




←○ 要約の作業の副産物。



←○ この勉強法に「超」がつく理由。



←○ 未来への展望。


この作業が具体的にはどんな成果となっているか、
二つの例によって見てみよう。


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「超勉強法」は、すなわち「文章の要約」ということなので、
その成果について、2つの実例を紹介しよう。

2.超勉強法の成果
補遺・補足

Jun. 5 '00

 トッくんのお母さんが訪ねて見えた。「平均点を超えて、本人もびっくりしているんですよ」。中間試験の国語の点数のことである。
 1、2年生の間、トッくんは英語は4であったが、国語はずっと2であった。3月に来て4月から教科書の文章について要約の作業を始めたわけだが、春休みの面談では、カンくんのお母さんの話と勉強法について話した。

 「まあ、3にはなるでしょう」と言ったことが現実味を帯びてきたのである。得点は73点、平均点は65点であった。 この日は受験の高校をどこにするかということへと話が発展した。

 なお、カンくんの得点は85点であった。中学生活の順調な第一歩を記したといえる。









←※ 上記の「1、国語の超勉強法」を指す。


もう1例は次へ。



3.文章の要約の効用
補遺・補足

Jun.7 '12

 中高生諸君の中間試験が一とおり終わった。先月末、こんなファクスが入った。
     英語ー88点(苦手科目)
     社会−94点(得意科目)
     国語−84点(苦手)
     数学ー100点(得意)
     理科ー96点(得意)
 名古屋のKくんからだ。Kくんは中学1年生で、これが最初の定期試験だった。

 いずれも上々の出来と言えるが、得意・不得意は、Kくんの場合、一般的な文系・理系のパターンには当てはまらない。強いて分ければ、語学関係が不得意ということになろう。
 実際、英語には、初めてということもあって、相当気を遣ったようだ。

 国語については、もともと苦手ということで、去年の秋から国語の問題集に取り組んでいる。
 物語、説明文、論説文などいろいろな文章について、1回の分量は基本問題1、発展問題1の計4ページである。Kくんはなかなか意欲的で、「今度は満点だと思います」などと書き添えてくる。問題のレベルは標準問題をベースに、思考を要するもの、手短にまとめるものなどがあるため、満点は容易ではないが、K君の挑戦の意気は衰えを見せない。

 ところで、中学になると定期試験があるため、教科書を考慮に入れなければならない。Kくんは月4週のうち1週を作文に当てていたが、5月はそれを教科書の説明文の要約に充てた。
 段落ごとに要点を150字程度にまとめていく。それを通読すれば、大意(あらまし)はつかめる。

 道場の通学生で、国語を主とする諸君はもっぱら段落の要点の書き出しと、それをもとに、あらまし・あらすじをまとめる作業を行っている。
 あらすじ・あらましがつかめれば、内容をおおよそ理解していることになるから、高得点に結びつくことは容易に推察できよう。ただし、ここで注意しなければならないのは、物語なり説明文なりを一度読んでつかんだつもりのあらすじ・あらましは必ずしも理解にはなっていないことである。要約という緻密な手作業を経て、本物の理解となるのである。

 要約の作業が実ったといえば、拓生(たお)くんも挙げられる。彼は典型的な理系人間で、このホームページでは「工作スタジオ」「自作パソコン」「信玄堤」などでおなじみだが、先日の中間試験で85点をマークした。

 拓生くんの場合は少し時間がかかったが、要約の方法をしっかり身につけたので、もう安定的に85点台を維持するであろう。Kくんはこれに意欲が加わって90点台に乗ることが期待される。















← 他の科目に比べて語学関係が……



























◎ 要約の作業には、高得点に結びつくという効用のほかに、もう一つ、ぴたりとまとめきったときには快感が得られるという効用がある。
 それは、例えば俳句や短歌で会心の作ができたときの快感にも似ている。ある詩人はそれを「脳髄の快感」と呼んでいる。
 ひとたびこの快感を味わえば、文章を読むことが楽しみともなる。


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これは9年前の日記であるが、
受験生には依然同じことを繰り返さなければならない。
記述の大事さが分かっていないのだ。
直前では手遅れだと考えなければならない。

4.入試と記述問題
補遺・補足
Nov.18・21・25・30 / '04

 中3生は期末試験を終えると、すぐ「冬期講習・80日間トライアル」に入る。都立入試の直前までの、およそ80日を視野に入れ、特訓が続く。
 国分寺高校を目指すSくんの中心課題は「記述問題」である。国分寺高校は都立であるが、入試では独自問題を課している。

 都立高校は、都知事が代わって様変わりした。学区にかかわりなく希望校を選べる他、かつての名門校で独自問題の出題が行われるようになった。4年前の日比谷に始まり、翌年の西、続いて新宿、戸山、国分寺、八王子東、そして、今春は立川、国立、青山、隅田川と、計10校で行われている。
 その特徴は問題量が多いことと、記述問題の占める割合が高いことである。

 国語では記述問題への配点が約50%となっている。選択肢問題が30%、漢字の読み書きが20%の割合である。数学でさえ、証明問題のほかに、問題を解くプロセスや途中の計算を書かせる問題が2〜3題ある。英語では英作文の比重が高い。

 Sくんは内申対策の合間に独自問題に取り組んできた。初めは時間がかかっていたが、次第に時間が短くなり、文章も整ってきた。期末テストが終われば勉強は入試一本に絞れるので、エネルギーを独自問題に注入できる。過去問を練習台に、量をこなしながらすっきりした文章が書けるよう、ともども努めるとしよう。

                       −つづく−

 記述問題といえば、私立の雄・開成高校ではここ2〜3年、選択肢問題が消えてきている。今春は漢字の読み書きを含め、100%記述問題になった。
 このような傾向を踏まえた「開成Jr模試」というのがある。セタガヤくんがこれに挑戦した。中2であるから、英語は散々であったが、数学はまずまず、国語はこれまでになく高得点をマークした。

 とはいえ、答案には丸はあまりなく、三角が多い。これは、おそらく読み飛ばしながら書いているためであろう。
 セタガヤくんには「きちんと頭を働かせよう」とアドバイスしている。そうすると精読ということになるのだろうが、入試には時間制限があるから、速読も要する。このあたりの兼ね合いをどうするか。王道は、着実に読み取りながらスピードを上げる練習をするほかにはなかろう。

 これは、Sくんについても同じことが言える。読解に取り組むとき、各人は別室で一人になって集中する。

                         −つづく−

 記述問題への流れの背景には何があるのだろうか。
 それは、第一に表現力や思考過程を見るためであるが、選択肢問題には「まぐれ」ということがあるためでもある。

 この傾向は中学入試においても見られる。
 東京都でも来春より中高一貫教育を始める。

 既に、先陣の白鴎高校付属中学校と、それに続く3校では「適性検査」という名の入試問題の課題例を発表している。それらは全て記述方式である。
 現在、スミダくんがこれらの課題例に取り組んでいる。入試は来年2月3日である。

                          (11/30)





















































○ なお、大学の推薦入試では、8割が「長文読解と論述」であること、しかも、超長文が多いことにも留意しておく必要がある。


その対策は、どうすればよいか。
1、文章に読み慣れること、
2.要点を正確につかむこと、
簡単なようであるが、言うは易く行うは難し。
ふだんからの練習が必要なのである。


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5.古典と作文
補遺・補足

Feb.8 '01

 中2のはるかちゃんの国語の勉強は、「徒然草」から「論語」にさしかかった。教科書には『孔子のことば』とあって、次の三つが載っている。

 @ 子(し)曰(いは)く、「過(あやま)ちて改めざる、これを過ちといふ」と。
 A 子曰く、「学びて思はざれば、すなはち罔(くら)く、思ひて学ばざれば、すなはち殆(あや)ふし」と。
 B 厩(うまや)焚(や)けたり。子、朝(ちょう)より退きて曰く、「人を傷(そこな)へりや」と。馬を問はず。

 はるかちゃんはこれをノートに写して訳を書き添える。例えば、Bについては「馬屋が焼けた。先生(孔子)は役所から退出してきて、『人にけがはなかったか』と言われた。馬のことについては何もお聞きにならなかった」というふうに。

 これで予習ができたわけだが、何かもの足りない。解釈にまで立ち入ってみると、「自分の馬のことより使用人のことを心配するとは、さすがに大人物の思うことは違う」とでもなるが、これでもまだ言葉の上だけで分かっているにすぎないという気もする。
 「現代に生きる古典」と考えると、日常生活の中に似たような事例がないものかと思う。

 このことをはるかちゃんに話すと、「ある」と言って、次の話を書いた。 

 私のクラスでは、なぜか今プロレスが流行っている。男の子たちが盛んに技をかけあっている。
 先週のこと、いつものように、休み時間に技をかけあっているとき、技をかけられた子が派手にとばされて、机や椅子が壁に当たった。すると、通りかかった先生が教室をのぞいて、「だいじょうぶか」とおっしゃった。私は「さすがは先生。生徒のことが心配なんだな」と思った。そのとたん、先生から、もう一声かかった。「だいじょうぶか、壁は……」







































※ 先生は冗談で言ったのかもしれないが、生徒たちはそうはとらなかったようだ。


はるかちゃんは、このあと「10.山村留学と日記」に登場する。




6.物語を絵にする
補遺・補足

Mar.29 '01

 今日はショウくん、カンくんと、物語の場面を絵に描いた。
 二人は中学一年生。今は春休みで午前中に来ている。窓外では、うすみどりの高柳に、けぶるような雨が降りかかっている。「降るとも見えじ、春の雨」という歌のとおり雨足は見えないが、降っている様子は、手前の枯れ木の枝に水滴ができていくので、それと分かる。
 さて、ショウくんは国語の力をつけるために、最近道場にやってきた。彼には文章にとことん慣れてもらおうと思う。このため、彼の春期講習はもっぱら読解である。カンくんの勉強は英文法の総復習なのだが、今日の分が早く終わったので付き合ってもらう。
 国語の勉強では基本の作業として、段落の要点を手初めに、あらすじ・あらましを書き出させることにしている。小説や物語では、時々場面の様子を絵に描かせる。これは、読解で当たり外れの多い生徒に対して、「いったいこの子の頭の中にはどんな情景が浮かんでいるのだろう」と思ったのが発端である。
 今日の教材は次の話である。

 〔夏休みの宿題の展覧会の会場で〕
 一回りして、出口に近いところで、わたしはいいものを見た。三年の男の子の昆虫採集だが、同じ種類のものがたくさんある中で、これはまことに特色のある作品であった。
 わたしがなぜ気がついたかというと、その洋服箱の右上に同じ大きさのアブラゼミが羽根がすれ合うくらいにつめて並べて、その下の紙片に「あぶらぜみのなかま」と、あまりうまくない字で書いてあったからだ。
 わたしはすっかり感心した。そして、こう考えた。「こいつはほんとうにセミを取るのが好きなんだな。夏の間じゅう、いつでもボール紙の箱の中に、いっぱい油ぜみをほうりこんでがさがさいわせていたんだな」と。
 そう思って見ると、この箱の中に入っている昆虫には、確かに一つの気質が見られた。学業的というよりは生活的な、装飾的というよりは野性的なものが。
 たいていの昆虫採集の箱には、アゲハチョウやカブトムシやタマムシが必ず入っているのに(それらは実際美術的であり、一種の重みをもっていたから)、この子のものにはそれが一匹も入っていなくて、例えば二種類のカマキリ(オオカマキリとハラビロカマキリ)や、バッタや、二匹とも胴から下がないオハグロトンボや、シオカラトンボ、アカトンボ、エンマコオロギなど、いつでもその辺にいて、われわれ人間生活の一部となっているような昆虫であった。
 わたしはこの男の子が気に入った。そして、ラグビーのフォワードの猛者のようなキイロスズメバチのよくふくらんだ背中やおしりを見た時、彼がいかに危険を冒してこの獲物に立ち向かっていったかを想像してみた。
              (庄野潤三『子供の盗賊』より)

 この話の「昆虫採集の箱」の中の様子を描いてもらうことにした。最低限描いてほしいのは、「…洋服箱の右上に……つめて並べて」あるところ、「二匹とも胴から下がないオハグロトンボ」、それに、「キイロスズメバチ」である。
 仮にこれを十人の生徒に描かせたとすると、一人、二人はアゲハチョウやカブトムシを描き、二、三人はキイロスズメバチを落とす。いい加減に、自分流に読んだり、終わりまで読まなかったりするのである。
 ショウくんの筆はなかなか進まない。絵を描くのが苦手のようなので、絵はおおよその形ができていればよい、どこに何があるかが分かればよいと話す。こちらも下手な絵を描いて、15分くらいして見せ合った。ショウくんはまだあまり描けていなかったので、宿題にする。カンくんは「あぶらぜみのなかま」の紙片をセミの上に描いてあった。


























































◎ ショウくんには引き続き、ことあるごとに場面を絵にしてもらっている。
 当然のことながら、読みがていねいになってきている。

近ごろの入試では、このように物語の場面を絵に描かせる問題が出されている。
例えば、滋賀県の県立中高一貫校では、
『ファーブル昆虫記』のフンコロガシがフンを転がす様子を絵に描かせている。


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7.珠玉の一編
補遺・補足
Dec.25.'00

 教材を読んでいると時々いい作品に出会う。
 仕事柄、学年の初めや学期の変わり目には教科書に、また、春・夏・冬休みの直前には入試問題やテキストに目を通さなければならない。国語関係では、教科書を除いては、引用される文章はほとんどが断片であるため、なかなか内容を楽しむところまではいかないが、それでも、思わず引き込まれることがある。

 井上靖の『帽子』や吉村昭の『虹の翼』に出会ったのも、この種の教材からだった。これらの作品は、音楽でいえば、『エリーゼのために』や『赤とんぼ』のようなものであろうか。大作ではないが、名品である。珠玉の、と付けてもよい。

 今冬は、林英哲さんの『あしたの太鼓打ちへ』に出会った。彼は、言うまでもなく、太鼓の演奏家である。作品はエセーの類いで、話に奥行きがある。生命に触れたくだりでは、その昔に考えた我が音楽論に呼応する部分もあった。

 作品の一節を、いささかの感懐を交えて、「交歓会場」に収載しておくことにしよう。こちら から『生命とリズム』へ。


ごゆっくり、お楽しみを。

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8.ある入試選考
補遺・補足

Apr.28 '05

 新学期が始まってまもなく、うれしくも粛然とするファクスが届いた。Tくんのお父さんからだ。Tくんは国立大学の付属高校に通っており、今も作文を続けている。
     …………………………………………………………

 坂口先生
 今日は嬉しいご報告とお礼を述べさせていただきます。作文添削でめんどうをみていただいている息子ですが、おかげさまで高校に元気に通い始めました。入学試験を受けたときは内申点が悪かったので、合格は無理とあきらめかけていた学校です。それだけに通学の足取りも軽いのでしょう。友達もすぐにできそうだと嬉しそうです。

 先週末のこと、息子から思いがけない話を聞かされました。担任の先生から入学試験の結果について、生徒一人一人に面接して話をされたそうなのです。その合格のいきさつを聞いて驚きました。

 「通常なら不合格だが、国語の成績があまりによいので合格とした」というのです。
 入試の合否判定は内申点と筆記試験の得点とを総合的に判断して行われるのですが、息子は内申点が悪く、通常の平均点以下の成績しかありませんでした。しかも、中学3年生の夏に水泳のパンツを(たぶん、わざと)忘れて、ほとんど水泳の授業をさぼってしまったために、保健体育は5段階評価で「1」という、これまた最低の評価しかいただけなかったのです。このときほどわが息子を情けなく思ったことはありません。

 そんなわけですから、本当に不利を承知のチャレンジ受験だったのです。高校の先生の話では、やはり、通常なら内申の評定に「1」があるだけで、『足切り』して当然、不合格とするところだったとのこと。ところが、筆記試験(英数国の3科目)で、息子は、国語の点数が96点で、一般受験者中トップという驚異の成績だったというのです。しかも、漢字を2問間違えただけだそうです。

 それで、これほど試験の成績が優秀な生徒を落とすわけにはいかないと、『足切り』はされず合格となったというのです。また、筆記試験の結果と内申点とのあまりの差に多くの先生方がびっくりされたという話です。まったく信じられないような話ですが、どうやら本当みたいです。

 息子は、もともと中学のときのテストでも、国語はたまに好成績を出したものの、いつもそうだったわけではありません。読書は好きで、他の子より多く本を読んでいたと思いますけれども、これまで国語はずっと普通の成績でした。ところが、3年生の3学期、年明けに行われた中学で最後の実力テストで、国語で初めて90点以上とったのです。このときはまぐれかなとも思いましたが、本番でもこのような成績を残せたとなると、どうやら本物のようです。

 これは、坂口先生のもとでご指導を受けた作文経験のおかげだと思います。自分の考えをまとめ、表現するということはこれほど大きなことなのかと、驚嘆いたしました。本当にどうもありがとうございました。どうか、これからもご指導よろしくお願い申し上げます。

                     (2005.4.12)

     …………………………………………………………

 お父さんは、しかし、結果を手放しで喜んでいるのではない。その後のファクスには、Tくんが「1」をとったことについて、「いかに試験の成績がよかろうとも、それは帳消しにすることの出来ぬ汚点でしょう。愚息には、今回の結果だけに満足せず、行いをしかるべく反省するようにと戒めてあります」とある。

 成績の急激な上昇については、何かのきっかけで潜在能力が一気に現れたのであろう。あるいは、それまでの蓄積が噴出したとみるのがよいか。そのきっかけが作文であったとすれば、うれしいことだが、振り返ってみれば、思い当たるふしがないではない。
 
 推薦入試に備えた作文では、初めはぎくしゃくした文章であったが、書き慣れてきたころ、4回目あたりであったか、内容も構成もピタリと決まったことがあった。体操選手が空中で何回転かしたあとピタッと着地する、そんな感じであった。



Tくんは3年後、大阪大学の外国語学部に進んだ。

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9.山村留学と日記
補遺・補足
Apr.14 '01 < 山村留学 >

 新学期が始まって1週間が過ぎた。「はるちゃんは日記帳をもっていっただろうか」と聞くと、「うん。荷物の中に入れてたみたい」と妹のあやちゃんと弟の壮くんがそろって答えた。はるちゃんというのは、この日記抄の2月8日の項に登場した「はるかちゃん」である。春休みの4月の初め、はるちゃんは山村留学で信州・長野へ旅立った。

 話は春休みの前になって急に決まった。中3という受験期を迎えて、なぜまた、と思ったものだが、一つは学校で学級崩壊が起きているためのようだ。日記抄の作文の中に書かれている「プロレスごっこ」は授業中のことでもあるらしい。山村留学のことは、それとは別に、前々から家族の話題になっていたという。学級崩壊が引き金になったというのが真相のようだ。天竜川沿いの、南アルプスの麓の村が気に入った様子でもある。

 はるちゃんが道場にやってきたのは去年の9月である。作文教育で知られる学園の高校部を受験したいとのことだった。それを思うと、山村留学はよい体験になり、作文の材料も増えるだろう。受験を前提に功利的に考えれば、留学自体がプラスに作用する面もあると思われる。だが、この事態を情緒面でのみとらえていてはならない。勉強はしっかりやらなければならない。元来「中の上」程度はあるはずの力が落ちていたことでもある。意欲が戻れば学力は回復するだろう。はなむけに英語の対訳ノートを贈る。

 勉強については、だが、それ以上にやってほしいことがある。国語の力をつけてほしいことである。そのための方策はとなると、別に難しいことではない。日記をつけることだ。書く材料には事欠かないだろう。記録が将来の糧ともなる。念のため、書くことが特別にはないときは、天気のことや起床と就寝時間、三食のおかずのことだけでもよいと言っておいた。これはお母さんが同席したときに話したことだが、道場を去る日にはお父さんに、なるべく大きな日記帳を買ってあげてほしいと頼んでおいた。

 はるちゃんには、いい話が書けたら送ってくれるよう頼んである。
 「山村留学記」といえば、勇樹くんの作文が中断したままになっている。勇樹君も来年が高校受験になる。去年の秋頃には引越しをするという話でもあった。今はもう回顧録どころではないのかもしれないが、ユニークな体験はまとめておいたほうがよい。その旨を年賀状でも伝えておいた。気長に待つとしよう。
 はるちゃんには、春の息吹のような新鮮なたよりを期待している。


はるちゃんは夏休みに帰省して、道場では「夏期講習」を受けた。
日記は付けてある。
「マムシが出るので、風呂の薪を取りに行く時は長靴をはいていく」
など、いかにも山村らしいことが書かれている。
それやこれやを作文にしてもらおうと思ったが、短期滞在だったため、
英語に時間を取られてしまった。
下旬には2学期が始まると言って、あわただしく
信州へ戻って行った。


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10.国語だより
補遺・補足



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岩洞の金魚