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孟くん

はじめに

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「東日本大震災」の作文・第1部  第2部・第3部

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はじめに

孟くんは4歳から8歳までアメリカのロサンゼルスにいて、
小学4年生のときに帰国した。

作文は全て6年生の時に書いたものである。
下記「もくじ」の1〜6は主にアメリカ在住時のできごと、
7以下は帰国してからの体験である。

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も く じ
 1 「大切にしているもの」
 2 「思い出に残っている景色」;「好きな場所」
 3 「友だちとの思い出」
 4 「自分の力で乗り越えたできごと」
 5 「最も印象に残っている授業」
 6 「山」
 7 「思いやりのある行動」
 8 「勇気をもってできたこと」
 9 「最も幸せだと感じたとき」
10 「あいさつ」
11 「きらいな言葉」
12 「自分につけたい力」
13 「日本のよさ」
14 「目標の達成」
15 -

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「大切にしているもの」

課題: あなたが大切にしているものをひとつあげなさい。なぜ大切にしているかに
    ついても書きなさい。          
                         (東京学芸大学附属国際中等教育学校)
添削例・諸注意
 ぼくが大切にしているものは、旅行に行った時に買って集めているピンバッジです。今では30個ほど持っています。その中でも、最も大切にしているのは、コロラド州の国立公園に行ったときに手に入れたバッジです。それは、自分の力で初めて手に入れたバッジだからです。
 国立公園では、レンジャーという環境を守ったり動物の説明をしてくれたりする人がいます。そのレンジャーはいつも胸にレンジャーのバッジを付けています。公園はとても広く、中にはたくさんの動物がいて、年れい別に案内と問題がありました。ぼくは案内どおりに動物を観察したり、感想を書いたりして、自分のオリジナルの公園の案内図を作りました。それをレンジャーに見せると、ほめられ、ジュニアレンジャーと書いてあるレンジャーにそっくりなバッジをもらいました。
 それまでは買ってもらうだけだったけど、自分の力でピンバッジを手に入れることができたので、より思い出ができて、とても大切なバッジになりました。











← ……動物がいます。ぼくが行ったとき、案内図と年齢別の問題がありました。ぼくは……



← バッジをくれました。

字数の指定はないが、解答用紙はA4判21行、横書きとなっている。

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「思い出に残っている景色」

課題: あなたの思い出に残っている景色について、読む人にそのときの気持ちが
    伝わるように書いてください。
                         (東京学芸大学附属国際中等教育学校)
添削例・諸注意
 ぼくにとっての思い出の景色は、ロサンゼルスの海です。
 ぼくは4歳の頃から8歳まで、アメリカ合衆国のカリフォルニア州・ロサンゼルスという町に住んでいました。ぼくの家からは、海岸まで5分もかからないぐらいの距離で、どこかに出かける時はほとんど海の横を通っていたため、その海にとても親しみがあります。
 ぼくがこの海の景色が好きなのは、海の水がとてもきれいで、空気もすんでいて、真っ青な空に黄色い太陽など、たくさんのよいものがそろっているからです。また、青い空と黄色い太陽はカリフォルニアだけのものだと思うので、ぼくには特別なものです。また、いつも潮のにおいをかいで育ってきたので、日本に帰ってからも、海に行くたび、ロサンゼルスの海での思い出がよみがえってきます。
 ぼくにとって、このロサンゼルスの海は、幼いころから見て育ってきたため、たくさんの思い出があり、特別な思い出の景色になっています。











← ……いるからです。特に、青い空と……

「読む人にその気持ちが伝わるように」という
題意にもよく適っている。

なお、この学校では、年度を違えて、
「あなたの好きな場所について書きなさい。なぜその場所が好きなのか理由もかきなさい」
という課題も出されている。
今回の「思い出の景色」は、「好きな場所」にもそのまま使えそうだ。


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「友だちとの思い出」

これは、ロサンゼルスにいた頃の思い出である。

課題: 友だちとの忘れられない思い出について、読む人にわかるように説明しなさい。

                           (東京学芸大学附属国際中等教育学校)
添削例・諸注意
 僕が友だちとのことで思い出すのは、皆で夜まで友だちのくつを探したことです。
 3年生の時、サッカーがすごく流行っていました。ある日、友だち10人と公園でサッカーをしました。そのうちの1人は、くつがぬれていたため、お父さんのぶかぶかのくつをはいてきていました。シュートをした時、くつが足からぬけて飛んでいって、木のやぶの中に入ってしまいました。その時はもう5時半を過ぎていて暗くなりかけていました。ですが、僕たちはそのくつを探しました。冬だったので、30分たつと、もう日がくれて、暗く、寒くなってきましたが、皆は鼻水をすすりながら探し続けました。ですが、6時に親が公園に来たため、探すのをやめ、くつはとうとう見つかりませんでした。
 僕はこの時、これが本当の友情だと思い、この時の友だちを皆大事にしていこうと、強く思いました。

友情が感じられるのは、「鼻水をすすりながら……」というところだろう。
ほんとうに「読む人にわかるように」書かれている。

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「自分の力で乗り越えたできごと」

 あなたが今までに自分の力で乗り越えたできごとをひとつ挙げ、なぜ乗り越えられたかを読む人にわかるように説明しなさい。
                            (東京学芸大学附属国際中等教育学校)
添削例・諸注意
 僕が今までに自分の力で乗り越えたできごとは、アメリカ合衆国に住んでいたときに通っていた、現地校での生活です。
 僕は4歳の時に、父の仕事の関係でアメリカにひっこしました。6歳までの間も現地のようち園に通っていましたが、授業があったわけでもなく、英語はそれほど必要だと感じたことはありませんでした。小学校に入り、授業が始まると、英語は全く知らなかったわけではなかったので、少しはわかりましたが、内容はほとんどわかりませんでした。それに、英語を話せなかったので、わからないということも言えませんでした。テストのたびに悪い点数を取って馬鹿にされるのがいやで、僕は英語の勉強を始めました。と言っても、独学で、英語のテレビ番組を見たり、学校で分からなかった言葉を英和辞典で引いたりして勉強しました。努力の結果、半年ぐらいで英語がわかるようになり、成績も周りのクラスメイトよりも良くなりました。
 僕は今まで人にたよってばかりいたので、自分での努力の大切さを学びました。












← ……悪い点数を取っていたので、





← 僕はそれまで……

孟くんは努力家だ。それも、人に言われる前に自分で考えて始めるのだ。
それは今も続いている。

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「最も印象に残っている授業」

 あなたが受けた授業の中で、最も印象に残っているものについて、その授業内容と、なぜそれが一番印象に残っているのかを、読む人にわかるように書きなさい。

                          (東京学芸大学附属国際中等教育学校)
添削例・諸注意
 僕が受けた授業の中で最も印象に残ったのは、アメリカに住んでいた時に受けたドラッグについての授業です。
 僕がその授業を受けた時はまだ8才ぐらいで、ドラッグの意味は知っていたのですが、それは粉なのか液体なのか、それともガスなのか、まったく知りませんでした。その授業では、大きなトラックに入った、たくさんの種類のドラッグを見て、そこで初めてどのような物があやしくて、気をつけなくてはいけないのかを知りました。また、警察官の話し方が上手で、ドラッグがいっそうこわくなりました。その時僕は、今までよりもドラッグのこわさを知り、どのような物が危険なのか、何に気をつければよいかを学びました。
 僕はこの授業を受けて、話す人の話し方が上手か下手か、また、実物があるかないかによって、話の伝わり方が違うということを、ドラッグのおそろしさとともに学びました。

書き方もじょうずだね。
何がどうだったのか、順序よく書かれているので、
こわさも伝わってくる。

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「山」

孟くんたちは受験先の過去問ばかりでなく、
「国際」と名の付く学校や公立中高一貫校の問題のほか、
いろいろな課題について練習する。
その中に、「一字の課題」というのがある。これは、
「山、川、海、空」、「雪、月、花、日(太陽)」、……「赤、青、白、黄」等について、
体験やイメージを自由に書く、とにかく書く練習である。

この作文は孟くんがまだアメリカにいた頃の思い出である。

添削例・諸注意
 僕は小学4年生の時、夏休みに家族旅行でアラスカ州に行きました。アラスカ州は一年中寒いため、夏でも雪がありました。この週には高い山が多く、その中でも有名なマッキンリーという山に小型飛行機で頂上の近くまで行きました。山は一面真っ白でした。僕はアメリカのカリフォルニア州や東京で育ったため、このような光景は初めてでした。当時は山に登ったことはなく、知っていたのは富士山ぐらいでだったので、それ以来、山というと最初に思い浮かぶのは雪になりました。
 世界の中で僕が行った山ではマッキンリーほど高い山はないため、とてもめずらしい体験ができたと思います。ふつう山といえば、東京地方では雪があるほうがめずらしく、たいてい緑ですが、僕は最初の印象で、山といえば雪と覚えてしまいました。



← ……その中に有名なマッキンリーという山があります。僕たちは小型飛行機で、その山の頂上近くまで行きました。

※ 「マッキンリーは標高6194メートルです」というのをこのあたりに入れておこう。


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「思いやりのある行動」

 思いやりのある行動とは、どのようなことですか。また、どのような場面で必要になると思いますか。あなたの経験をふまえて書きなさい。
                          (東京学芸大学附属国際中等教育学校)
添削例・諸注意
 僕の学校では、最後に教室を出た人が電気を消して戸を閉めるというルールがあります。あろ日、クラスみんなで図工室に行く時に、最後に出る人が、つい電気を消し忘れてしまいました。それに気づいた人が、何も言わずに戻って消しました。その人は自分が消したとか、次からは消すようにとか言わずに、静かに図工室に向かいました。
 また、ある日、僕は係の仕事があって、音楽室から荷物を持って教室に帰りましたが、たくさんの荷物を持っていたので、とても大変でした。僕は助けてくれとも、大変だとも言わなかったのですが、一人の人が声をかけて教室までいっしょに荷物を運んでくれました。
 僕は、思いやりのある行動というのはこのような、気づいたことを進んでしたり、だれかが助けを必要としているときに自分から何も言わずにしたりするような行いだと思います。




← それに気づいたAさんが、……。Aさんは自分が消したとか……





← 通りかかったBくんが声をかけて……

これは帰国してからの学校での話であるが、
いいクラスだなあ、ほのぼのとしたものが感じられる。

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「勇気をもってできたこと」

 あなたが今までに勇気をもってできたこと、あるいは勇気がなくてできなかったことを一つ上げ、そのときに思ったこと、今そのことを振り返ってどう思うかを、読む人に十分伝わるように説明しなさい。
                          (東京学芸大学附属国際中等教育学校)
添削例・諸注意
 僕は毎週土曜日に電車を利用しています。国立から乗って立川で乗りかえるのですが、立川駅は大きな駅で、何本かホームがあり、最初はどのホームに行けばよいか、混乱することがありました。
 ある日、立川駅のホームで電車を待っていると、僕の後ろに登山の格好をした外国人が二人並んでいました。これは川崎行きの電車だったので、この人たちはとなりの高尾行きのホームとまちがえているのではないかと思い、教えてあげようと思ったのですが、まちがった時のことを考えると、なかなか声をかけることができませんでした。そのうちに、その外国人たちは本当にここでよいのかと話しているのが聞こえてきて、困っている様子だったので、やっとの思いで話しかけて、案内をすることができました。
 どうすればよいか分からない時でも、相手が困っているのが分かれば、勇気を出して声をかければ、案外うまくいくということが分かりました。







← ここは川崎行きのホームだったので、
※ 川崎は南東の、海の方向で、高尾は西の、山の方向なのだね。

外国人たちが話していたのは英語だったのだろう。
それなら、孟くんにはじゅうぶん聞き取れたのだが、
それと話しかけることとは別のことだったのだろう。

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「最も幸せだと感じたとき」

 あなたがもっとも幸せだと感じたのは、どんなときでしたか。そのときのことを、読む人にわかるように書きなさい。
                          (東京学芸大学附属国際中等教育学校)
添削例・諸注意
 僕が幸せだと感じるのは、家族で夜ごはんを食べている時です。
 僕の家では、平日はお父さんが仕事で帰りがおそく、いっしょに夜ごはんを食べることができません。土曜日は僕の塾の帰りがおそく、皆で夜ごはんを食べるのは日曜日ぐらいです。その夜は、この1週間に学校であったことや最近あったことを皆で話します。
 世界にはごはんを食べられない子もいれば、親が片方しかいない子もいます。それを思うと、1週間に一度でも、家族そろっていっしょにごはんを食べられることは、とても幸せなことだと感じます。実際に、僕が4歳の頃に、お父さんが家族より半年先にアメリカに行った時は、とても長い間だったので、まだ小さかったですが、お父さんがいないさびしさはよく覚えています。
 ふだんは意識しませんが、家族といっしょにいられることは、とても幸せなことだと思います。




← 僕の塾からの帰りが……

孟くんには3歳下の弟がいる。
日曜日の夜の団らんの様子が目に浮かぶ。

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10「あいさつ」

 あいさつをすることについて、あなたはどのように思いますか。あなたの考えを、例をあげて説明しなさい。
(あいさつの言葉は、カタカナで書いても、外国語で書いてもかまいません)。

                         (東京学芸大学附属国際中等教育学校)
添削例・諸注意
 僕は学校で代表委員をしています。代表委員は月2回昇降口に並んで、登校してくる児童にあいさつします。あいさつをすることによって、相手も自分も元気が出て、気持ちよく朝をスタートできます。ですが、あいさつをしても、返してくれたのは一部の人だけでした。そのため、委員会ではどうすればあいさつが増えるか、話し合いました。
 皆がいっせいに大きな声を出すのではなく、一人ずつ相手の目を見て、ふつうの声で言うことにしました。そして、そうすることがよいことが分かりました。最近では、皆があいさつに慣れてきて、あいさつ運動の日だけでなく、また、クラスメイトや先生だけでなく、他の学年の人にもあいさつするようになりました。
 僕はこの体験から、あいさつをすると気持ちがよく、また、だまって通り過ぎると、気持ちがすっきりしないことがわかりました。 




← ……返してくれるのは一部の人だけです。



◎ いい考えが出たねえ。





← ……気持ちがよく、逆に、だまって……

内容がよく、構成もすっきりしていて、気持ちがよい。

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11「きらいな言葉」

 あなたのきらいな言葉を一つ書いてください。また、なぜ、その言葉がきらいなのか、読む人にわかるように説明してください。
                           (東京学芸大学附属国際中等教育学校)
添削例・諸注意
 僕のきらいな言葉は「めんどくさい」です。その理由は、めんどくさいといって、なまけていたら、できていたはずのことが何もできないからです。子どもの時にやっておかないと、損することがたくさんあると思います。
 僕は一度ピアノの検定を受けたことがありますが、学校の宿題をして、つかれたからめんどくさいと思って、ピアノの練習をサボってしまいました。本番ぎりぎりになって大変だと気づき、あわてて一生けん命練習したことがありました。また、夏休みの宿題を、めんどくさいからといって毎日ためて、最後の一週間でとても大変な思いをして終わらせたこともあります。
 このように、めんどくさいからといって、何もしないでいると、必ず後かいすることがわかりました。そのために、僕は「めんどくさい」という言葉をなくして、「サボらない」という言葉を好きになろうと思います。









※ 結果はどうだったのだろう。

ナポレオン(フランスの軍人、皇帝)は
「私の辞書に不可能という文字はない」と言ったそうだが、
孟くんの覚悟も何やらこれに似ている。

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12「自分につけたい力」

 あなたは今、自分にどんな力をつけたいですか。また、なぜその力をつけたいのですか。読む人に分かるように説明しなさい。
                           (東京学芸大学附属国際中等教育学校)
添削例・諸注意
 僕がつけたい力は集中力です。
 僕は小さいころから、集中力がすぐ切れてしまうほうでした。遊ぶわけではなく、違うものに手をつけてしまうのです。例えば、算数をしていても、45分ぐらいすると、国語に移ってしまいます。集中して、しっかり一つのことをしている時間が短いため、それぞれの科目が全てあいまいになってしまいます。そのせいか、得意な科目以外はテストの点はいつも平均点ぐらいで、なっとくできる点を取ることができません。しかし,親に見られている時や宿題でしめ切りがある時には、しっかり集中して勉強ができます。大事なテストで一生懸命勉強しておくと、ほとんどなっとくのいく点を取ることができます。
 努力をすれば、よい結果を出すことができるので、集中力さえ身につければ、よい成績を収めることができると思います。


← ……ではなく、今していることから別のことにすぐ手をつけてしまうのです。

← ……科目がどちらもあいまいに……

孟くんはクイズのような算数の問題に好んで取り組んでいる。
そんな時は「一心不乱」といった感じがある。

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13「日本のよさ」

 あなたの伝えたい日本のよさは何ですか。よさを一つ挙げ、あなたの体験をもとに、伝えたい理由を400字以上500字以内で書きなさい。
                                 (宮城県立古川黎明中学校)
添削例・諸注意
 僕はアメリカ合衆国に4年間住んでいました。日本に帰ってきてからどろいたことがたくさんありました。中でも、最もおどろいたのは、日本の人々のやさしさです。
 僕はよく電車を利用するのですが、お年寄りやおなかの大きい人に席をゆずる人をよく見かけます。また、満員電車で降りる人が出るために、たくさんの人が一度に出て、皆が出るまで待っているところをいつも見かけます。アメリカではそのようなことはめったになく、そう考えると、当たり前のように見えることも、日本のよさだと思います。また、日本の人が落とし物を交番に届けることや、親切に道案内をすることなども素晴らしいことだと思います。
 僕が今までに親切にしてもらったこともあります。電車で鼻血が出てしまった時、こぼさないように上を向いてかばんの中のティッシュを探していると、左右に座っていた人が同時にティッシュをくれました。片方はおばあさんで、もう片方は男子高校生でした。
 日本には海外とは比べものにならないほど、他人に対してやさしい人がたくさんいると思います。






← 満員電車で降りる人がいると、入り口付近のたくさんの人が一度に外に出て、……
← ……めったになく、それを思うと、……

実体験だから、説得力(「なるほど」と思わせるもの)がある。
作文としては、
自分自身が親切にしてもらった経験を加えているのもよい。

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14「目標の達成」

これは、帰国してからの作文である。

 あなたは学校生活の中で、みんなで立てた目標を達成するために、努力したことがあると思います。その時の体験を一つあげ、そのことから感じたことや学んだことを、400字以上600字以内で書きなさい。
                                (宮城県立古川黎明中学校)
添削例・諸注意
 僕の学校では、半年に一度クラス対抗の大縄跳びの大会があります。この競技は5分間に跳ぶ回数を競います途中で引っかかっても、そこから跳び続けます。僕たちのクラスは、五年生の時から2位で、強いと言われていながら、毎年となりの一組に40回もの差をつけられて負けていました。そのかべは高く、僕たちはほとんどあきらめていました。
 しかし僕は、努力すれば勝てると思い、家で、どうしたら皆によい跳び方を教えられるか、どういう順番で跳べば長く跳び続けられるか考えました。学校では、長縄跳びの練習の呼びかけを心がけ、アドバイスやはげましを欠かさずにしました。
 本番では、600回を目指し、皆で大きな声を出して跳んでいきました。前半はノーミスでずっと続き、残り3分のところで疲れが出てきたのかスピードが落ちてきて、とうとう1人がひっかかってしまいました。それでもくじけず、最後までがんばりました。結果は610回でした。
 それでも一組は620回も跳んだので、10点差で負けてしまいましたが、目標の600回を超えることができたので、皆も悔いはありませんでした。



← 僕たちの二組は、……


※ 跳ぶ競技だから、「壁は厚く」ではなく、「高く」でよいか。



← 学校では、600回の目標を立て、昼休みや放課後も……呼びかけをし、アドバイスや……

勝つことよりも、
「目標を達成したことに意義がある」
というところだね。

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15.「  」


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