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光る文章講座


入社試験の論作文

@ 「自己紹介」
   (エントリーシートの三要素)
A 「自己PR」
B 「新聞と私」
C 「お茶と私」
D 「音楽と私」
E 「本と私」
F 「科学と私」
G 「仕事の倫理」
H 「手作りの味」
I 「私の好きな言葉」
J 「友情」
K 「心に残る人」

 入社試験の論作文(講座案内)  

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作文打出の小づち
総もくじ
作文編  国語編  小論文編  閑 話

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@ 「自己紹介」

「エントリーシートの三要素」は次のようなものである。

1. 実績 − (例)「学生時代に打ち込んだこと」
2. 長所 − (例)「私のパーソナリティー」
3. 抱負 − (例)「この会社に入ったら」

ここでは、これをコンパクトにまとめたものを紹介しよう。
筆者は女性である。
はじめの答案 添削例・諸注意
 私は現在、早稲田大学政治経済学部・政治学科に在籍しています。ゼミでは日米外交を研究し、卒論は「日米の経済と外交の相関関係」の予定です。苦手意識が先立っていた経済学ですが、独学しているうちに面白くなってきています。
 趣味は読書とダンスです。性格は、友人によると、「気配り上手」ということです。例えば、私の所属するフラメンコサークルには女の子が60人います。仲間割れやミーティングでもめることも少なくありません。元気がない人、困っている人には必ず気をつけ、後でメールや電話で「大丈夫?」と尋ね、何かある場合はフォローします。ライブ前の準備やリハーサルでピリピリしている時は、和ませたり笑わせるようなことを言ったりします。気分転換と宣伝を兼ねて、皆で外で踊ることもしました。学生や教授が集まり、私たちが楽しく踊れました。このような私を、友人たちは「周りをしっかり見て、全体の雰囲気を良くしてくれる気配り上手」と言ってくれます。
 私は仕事において満足感を重視しています。私にとっての満足感とは、仕事を通してどれだけ社会に貢献できるか、人の役に立てるかということです。
 (後略)
               (以上、約500字)



← 自分なりに取り組んでいるうちに、



← 仲間割れをしたりミーティングでもめたりすることも




← ……踊ることを企画したこともあります。この時は他の学生や教授も寄ってきて、みんな楽しく踊れました。


※ 「社会に貢献」の項とと「人の役に」の項を入れ替える。

エントリーシートでは、「この会社を選ぶ理由」「職種についての関心」等々、
細かく問われる場合が多いが、
どの場合もこの3点を軸に考えを構築すればよい。

第1段落の学部・学科と研究活動をもって、「1.」の「実績に代えることができる。
第2段落の事例は「2.」のパーソナリティーを示すとともに、実績に数えてもよい。
第3段落の「後略」としてある部分には会社名や職種とそれに対する抱負が入る。

書き直した答案 添削例・諸注意
 私は現在、早稲田大学政治経済学部・政治学科に在籍しています。ゼミでは日米外交を研究し、卒論は「日米の経済と外交の相関関係」の予定です。苦手意識が先立っていた経済学ですが、自分なりに取り組んでいるうちに、面白くなってきました。
 趣味は読書とダンスです。性格は、友人によると、「気配り上手」ということです。例えば、私の所属するフラメンコサークルには女の子が60人います。仲間割れを起こしたりミーティングでもめたりすることも少なくありません。そんな時、元気がない人、困っている人には必ず気をつけ、後でメールや電話で「大丈夫?」と尋ね、何かある場合はフォローします。ライブ前の準備やリハーサルでピリピリしている時は、和ませたり笑わせるようなことを言ったりします。気分転換と宣伝を兼ねて、皆で外で踊ることを企画したこともあります。他の学生や教授も寄ってきて、みんな楽しく踊れました。このような私を、友人たちは「周りをしっかり見て、全体の雰囲気を良くしてくれる気配り上手」と言います。
 私は仕事において満足感を重視しています。私にとっての満足感は、仕事を通してどれだけ人の役に立てるか、社会に貢献できるか、ということにあります。
 (後略)
             (以上、約500字)

彼女は、人権擁護を主たる業務とする弁護士事務所と、法律関係の出版社を受け、
いずれも内定を取り付けた。

なお、エントリーシートの十全を期すためには、
目次のB以降の「○○と私」を参照されたい。

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A 「自己PR」

このPR文の筆者は出版関係の仕事を希望している。

はじめの答案 添削例・諸注意
 私は大学生活の中で、英語の能力を高める、という目標を立て、それに向かって計画を立てて実行してきました。
 中学・高校のときから英語は得意でした。コツコツ勉強すれば成果が出やすいという点が自分に合っていたのだと思います。ハリー・ポッターシリーズを読んでからは、翻訳家になりたいと思うようになりました。
 大学1年のときは、英語の能力を総合的に高めようと、ほとんど毎日6時に起きてラジオのリスニング講座を聴き、初めて出会う単語を覚えるよう努めました。英語の習得に力を入れている大学なので、英文ライティングの授業もあり、週1回の授業でしたが、ライティング技術を身に付けようという意識をもって課題に取り組んでいました。一番弱いのはヒアリングだと分かっていたので、英語のニュースやインタビューを収録したCDを購入し、1日3時間を目標に聴いていました。1年のときは大学の授業も多く、10月からはレストランでアルバイトも始めましたが、能力の上がっていくのがTOEICの得点などで感じられてうれしかったので、あまり苦になりませんでした。秋以降は通信教育で翻訳の基礎が学べる講座を受講するようになりました。
 英語の実践的な力を身に付けたいと思い、2年の7月下旬から1か月間、イギリスのチェルトナムへ語学研修に行きました。多国籍のクラスで英語で自分の意見を述べることは大変でした。とにかく英語を使う機会は逃すまいと、パブでの集まりや学校主催のイベントに参加し、難しいことは考えずにしゃべりました。
 その結果、帰国後受けたTOEICでは840点を取り、英検準1級も合格することができました。
 翻訳の学習を進めるうち、机上での調べ物が多いこの仕事が本当に自分に合っているのか疑問に思い、進路は変わりましたが、今も英語の学習は続け、様々な場面で生かせれば、と考えています。

              (以上、約800字)




← 出やすいというところが……






← 英語の修得に


← 課題に取り組みました。


← CDを、1日3時間を
← 1年のときは授業数も多かったのですが、能力の上がっていくのがTOEICの得点などで感じられたので、忙しさもあまり苦になりませんでした。
← 講座を受ける



← 多国籍のクラスで自分の意見を英語で述べることは

← イベントには必ず参加し、

※ 「その結果、」の段落を前の段落につなぐ。

※ おしまいの段落では、抱負を具体的に述べるようにする。例えば、「英語を生かして、語学研修講座のテキストの編集や日本文学の海外への紹介の仕事をしてみたい」というふうに。
 翻訳の勉強をやめたことは書かなくてよい。


努力も実力も相当なものだが、外に向かってアピールする力に欠ける。

書き直した答案 添削例・諸注意
 私は大学生活の中で、英語の能力を高める、という目標を立て、それに向かって計画を立てて実行してきました。
 中学・高校のときから英語は得意でした。コツコツ勉強すれば成果が出やすいというところが自分に合っていたのだと思います。ハリー・ポッターシリーズを読んでからは、翻訳家になりたいと思うようになりました。
 大学1年のときは、英語の能力を総合的に高めようと、ほとんど毎日6時に起きてラジオのリスニング講座を聴き、初めて出会う単語を覚えるよう努めました。英語の修得に力を入れている大学なので、英文ライティングの授業もあり、週1回の授業でしたが、ライティング技術を身に付けようという意識をもって課題に取り組みました。一番弱いのはヒアリングだと分かっていたので、英語のニュースやインタビューを収録したCDを、1日3時間を目標に聴いていました。1年のときは大学の授業も多かったのですが、能力の上がっていくのがTOEICの得点などで感じられたので、忙しさはあまり苦になりませんでした。秋以降は通信教育で翻訳の基礎が学べる講座を受けるようになりました。
 英語の実践的な力を身に付けたいと思い、2年の7月下旬から1か月間、イギリスのチェルトナムへ語学研修に行きました。多国籍のクラスで自分の意見を英語で述べることは大変でした。とにかく英語を使う機会は逃すまいと、パブでの集まりや学校主催のイベントには必ず参加し、難しいことは考えずにしゃべりました。その結果、帰国後に受けたTOEICでは840点を取り、英検準1級も合格することができました。
 将来は、日本の作品の海外出版に携ってみたいと考えています。一つの作品をプロデュースする日本の編集者として仕事をしたいと思っています。

             (以上、約800字)

日本の作品の海外出版となると、会社は限られてくるが、
氷河期にあっての狭き門に、彼女は敢然と挑戦している。

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SB食品で「スパイスと私」という課題の出されたことがある。

当道場ではこの題にならって、第1回の練習課題を
次のように設定し、受講生の必修としている。
「○○○と私」

「○○○」の中に希望の会社名や職種、商品名等を入れ、
体験や実績を踏まえて、抱負を述べる。

書いてみれば、パーソナリティーが現れ、
適性の確認にもなる。

以下に、いろいろな答案例を紹介しよう。

……………………………………………………

B 「新聞と私」

はじめの答案 添削例・諸注意
 私が社会人になって始めに言われたことは、挨拶をすることと新聞を読むことであった。当時、私は証券会社に勤務していたため、読む新聞は当然のように日経新聞であった。読み始めた頃は、理解できない語句や文章ばかりで、一つ一つ単語の意味を調べて読まざるを得なかったため、新聞を読むことが苦痛であったことを記憶している。しかし、その内に新聞に書かれていることが、実際に株価に影響を与えていたり、また、自分とお客様の会話のネタとなったりすることが、次第に新聞を新聞を読む気を起こさせる様になっていった。新聞は自分の仕事と切り離すことのできない存在となったのである。
 しかし、今までは新聞は私にとって仕事の道具であり、自分の知的好奇心を満たすものでしかなかった。そんな新聞に対する印象が自分の中で変化する出来事があった。
 私が元旦に帰省したときのことであった。私の実家では新聞は地元紙を取っているが、その地元紙を何気なく読んでいたときのことだった。その日の社説に、川をきれいにしようとするNPOの活動が取り上げられていた。川は汚染され、魚が住めなくなっている。その川をきれいにし、魚を放流してきれいな川に戻す運動をしている方を紹介していた。そして、そのよごされてしまった川は、私の実家の近くを流れる川であり、通学の時に毎日のように目にしていた川なのであった。
 昔、当たり前の様に存在していた川が、今、汚れきってしまったことは、他人事には思えず残念に思い、また自分も皮を汚してしまった一人なのだろうと責任を感じてしまった。その一方で、その川をきれいにしようと努力している人の存在も知り、素直に嬉しく思った。
 それと同時に、新聞が自分の生活に密着していることを素肌で感じることができた様な気がした。

                (以上、約800字)






← 苦痛であった。しかし、

← ……株価に影響を与えていることが分かって、また、客との会話のネタになることが分かって、次第に……
← 切り離すことのできないものとなった。
※ 「しかし、今までは」を削除して、変わりに「こうして新聞との本格的な付き合いが始まったのだが、」とでも入れて、前の段落につなぐ。また、「そんな新聞に……」で改行して次の段落につなぐ。




← ……運動を紹介していた。その川は実家の近くを……





← ……残念で、しかし、その一方で……


※ 「それと同時に」をまえの段落に組込み、新たな段落を設けて「こんな新聞を作ってみたい」旨の抱負を述べて締めくくる。

講  評
一、 内容と構成

 新聞との付き合いの様子が順序良く、具体的に分かりやすく書かれているが、これだけの作文に終わっている。
 地元紙の記事が新聞社に入りたいという動機であるなら、これをもとに、「こんな紙面づくりをしてみたい」という希望なり抱負なりを述べて、力強くアピールするようにしたい。

二、 表記と表現

 誤字・脱字はなく、ミスというほどのものはないが、表現にくどさが感じられる(第1段落の8行目と末尾)。
 また、並列の表記の「たり」の使い方に無理がある(第1段落の9〜10行目のあたり)。

三、 評点

 ランク:B 得点:75

書き直した答案 添削例・諸注意
 私が社会人になって始めに言われたことは、挨拶をすることと新聞を読むことであった。当時、私は証券会社に勤務していたため、読む新聞は当然のように日経新聞であった。読み始めた頃は、理解できない語句ばかりで、一つ一つ単語の意味を調べながら読むという感じだったので、新聞を読むのが苦痛でもあった。しかしその内に、新聞に書かれていることが、実際に株価に影響を与えていることを知り、また、客との会話のネタとなることが多くなったので、次第に新聞を読む気になっていった。新聞は自分の仕事と切り離すことのできないものとなった。こうして、新聞との付き合いが始まったのだが、新聞は私にとって仕事の道具であり、自分の知的好奇心を満たすものでしかなかった。
 そんな新聞に対する印象が自分の中で変化する出来事があった。元旦に帰省したときのことである。私の実家では新聞は地元紙を取っているが、その地元紙を何気なく読んでいたときのことだ。その日の社説に、川をきれいにしようというNPOの活動が取り上げられていた。川は汚染され、魚が住めなくなっている。その川を掃除し、魚を放流して元のきれいな川に戻す運動を紹介していた。その川は、私の実家の近くを流れる川であり、通学の時に毎日目にしていた川なのであった。
 私は思わず、その記事を食い入るように、繰り返して読んだ。昔、当たり前のように目にしていた川が汚れきってしまったことは、他人事には思えず残念であった。しかし、その一方で、その川をきれいにしようと努力している人々の存在を知り、嬉しく思った。それと同時に、新聞が自分の生活に密着していることを肌で感じることができた。
 私もこのように、人々に何かを伝えられる新聞を作ってみたいと思う。

                (以上、約800字)



























← ……食い入るように見つめ、繰り返し読んだ。




← 自分たちの生活に



これで、Aランク、90点。 面接にはじゅうぶん漕ぎつけられるだろう。


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C 「お茶と私」

しんどい話が続いたので、一息入れよう。
「お〜い、お茶!」

はじめの答案 添削例・諸注意
 私はお茶が大好きだ。お茶を飲まない日はない。飲むお茶の種類は様々であるが、季節によっても大きく変わる。夏はやはり冷たい麦茶がとてもおいしく、これが飲みたくなる。麦茶を濃い目に入れると、とても香ばしい味と香りが楽しめる。また、冬に温かい麦茶をいただくのも、やわらかい味がのどにしみ入っておいしいものである。私は中国茶も好きだ。代表的な烏龍茶は小さい頃からなじみが深く、日本の茶とは異なる独特の味わいが好きだった。また、中国茶専門店で出されるお茶もおいしかったし、特に私はジャスミン茶だ好きだ。これは春に飲みたくなることが多く、さわやかな渋みと香りがとてもよい。これらの他にも、紅茶の茶葉を気分によって変えたりと、例を挙げるときりがないが、中でも私が一番好きだと断言できるお茶は、日本の緑茶である。緑茶は季節を問わず、温かくても冷たくても、一年を通して最も多く飲む。
 私が緑茶を最も好む理由は、甘さと渋味を一度に楽しめることと、その香りでとてもリラックスできるからである。緑茶は近年、カテキンなどの有効成分で大きく注目され、その健康性でも話題になっている。また、抹茶を使った洋菓子も、深くさわやかな味で人気がある。健康性と味わいという点はもちろんすばらしいが、緑茶の最大の魅力は飲むととても気分が落ち着くという点にあると思う。満ち足りて、そして、さわやかになれるのだ。ところで、このような、気分を良くするという効果は、お茶全般に言えることだと思う。だから、人はお茶を飲むのではないだろうか。水分補給が必要なだけなら、水で足りる。しかし、のどの渇きを癒すと同時に、味と香りでよい気分になれるのはお茶のすばらしい効果である。
 世界には本当にたくさんのお茶がある。国産の緑茶だけをとっても、産地によっては味や香り、品種が異なる。私はこれからもっと緑茶のおいしさを知りたいと思う。それと同時に、世界のいろいろなお茶を飲み比べて、人にも勧められるおいしいお茶を見つけてゆきたい。

                (以上、約800字)




← 香ばしい香りが






← ジャスミン茶が好きだった。



← 一番好きなのは日本の緑茶である。これは断言できる。




← ……できることである。





← ……という点にある。
※ 「お茶全般」云々の件は削除する。理屈が話の流れを阻害しているため。話を緑茶の関することに絞る。





← もっと緑茶の味を……


講  評
一、内容と構成

 おもしろい話なので、ついつい読んでしまうが、後半に話の乱れが感じられる。そこで、次のように段落構成をして、話の内容を確定したい。

 第1段落(序論) − お茶あれこれ
 第2段落(本論) − 緑茶のすばらしさ
 第3段落(結論) − お茶の味を追究したいこと

二、表記と表現

 「……と思う」という言い方(第2段落の9行目)。自分独自の考えである場合は断定する。
 お茶の「味」にもう一工夫を。単に「おいしい」「すばらしい」で済ますのではなく。そこがまさにこの話の「味」でもあるため。

三、評点

 ランク:B 得点:80


書き直した答案 添削例・諸注意
 私はお茶が大好きだ。お茶を飲まない日はない。飲むお茶の種類は様々であるが、季節によっても大きく変わる。夏はやはり冷たい麦茶がとても飲みたくなる。麦茶を濃い目にi入れると、とても香ばしい香りが立ち上る。冬には、外から帰ったときなど、温かい麦茶を飲むと、やわらかい味でのどの渇きが癒される。私は中国茶も好きだ。烏龍茶がその代表で、小さい頃からなじみが深く、日本の茶とは異なる独特の味わいが好きだった。中国茶専門店で出されるお茶も好きで、特にジャスミン茶だ好きだった。これは春に飲みたくなることが多く、渋みと香りがとてもさわやかなに感じられる。これらの他にも、紅茶の茶葉を気分によって取っかえ引っかえして飲んでいる。例を挙げるときりがないが、数ある中で、私が一番好きなのは日本の緑茶である。これは断言できる。
 私は緑茶を、季節を問わず、温かいのも冷たいのも、一年を通して最も多く飲んでいる。緑茶が最も好きな理由は、甘さと渋味を一度に楽しめることと、その香りでとてもリラックスできることである。緑茶は近年、カテキンなどの有効成分で広く注目され、その健康性でも話題になっている。健康性と味わいという点はもちろんすばらしいが、緑茶の最大の魅力は飲むととても気分が落ち着くという点にある。のどを通っておなかに入ると、満ち足りた思いで、さわやかな気分になるのだ。このような、気分を良くする効果は、お茶ならではのものである。単に水分補給が必要というだけなら、水で足りる。お茶にはのどの渇きを癒すと同時に、味と香りでよい気分にするという効果があるのだ。
 世界にはたくさんのお茶がある。国産の緑茶だけをとっても、産地によっては味や香りが異なり、それゆえに品種も多い。私はこれからもっと緑茶の味を知りたいと思う。それと同時に、世界のいろいろなお茶を飲み比べて、人にも勧められるおいしいお茶を見つけていきたい。

                (以上、約800字)





















◎ 抹茶の話を削除したのもよい。話の流れがよくなっている。

これだけお茶に関心があれば、面接で話に花も咲こう。

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D 「音楽と私」


自分の趣味を生かせる仕事を探し求めている例を紹介しよう。
彼女は放送映画の製作会社を目差している。

はじめの答案 添削例・諸注意
 初めてニューヨークに行ったとき、ジャズの路上演奏を聞いた。空に向かって登っていくかのように、サックスが吹きまくり、黒人女性ボーカルが深い心の底から声を出す。それには鳥肌が立ち、なぜか涙がポロポロ出た。「私が求めていたのは、こういう音楽だったんだあ」とえらく感動した。その時、何か自分の心を潤してくれるものを初めて見つけたようにも思った。それから私はどんどんジャズにはまり、ウッドベースをやり始めた。
 その頃、私は高校生だった。どこか心の中が空虚で、周りに話の合う友達もおらず、学生生活も楽しくなかった。どこか空しかった私にとって、ジャズは救世主のごとく、心に光が差したようだった。嫌なことがあれば、音楽を聞き、仲間と演奏することで、全て忘れていられた。楽器をやっていると、年齢に関係なく、いろんな人と出会い、話ができた。仕事もしているが趣味の音楽のほうが楽しいという人やアルバイトをしてプロを目差す若者、夢を実現させてニューヨークで活躍している夫婦など、様々な人々に影響を受けた。
 今、思い返せば、ジャズを通して、自分の人生観や価値観を少しでもつかみ取ろうとしていたように思う。宙ぶらりんだった心の中を固めたくて夢中だったと思う。長い人生において、自分の好きなことをして楽しめるものがあれば、豊かに生きれるのかなあと昔も今も共通して感じる。そこから夢が出てきて自分の道が見えてくるのかもしれない。前向きな人々の姿から学び取ったものが、今でも私の心の中に生き続けている。ニューヨークで出会ったジャズの感じが私に人生の楽しさを教えてくれるきっかけになった。
 私はジャズが大好きだ。もっともっと人生にジャズを!

               (以上、約800字)


← サックスが鳴り響き、
← 心の奥底から

※ 「……だあ」ではちょっと品を欠く。同様に、「えらく」も。




※ あまりセンチメンタルにならないように。文学作品を書いているのではなく、就職試験の作文を書いていることを忘れないように。明るく振る舞うこと。




※ どんな影響を受けたか。自分にプラスになったことを一例でもよいから挙げる。次の段落の「学んだこと」についても同様。言葉だけでは説得力をもたない。
← 心の中を満たしたくて、

← 生きられるのかなあと、あの時感じたことが今も変わらずに感じられる。




※ ジャズが好きというなら、どこがよいのか、ひとこと触れておくこと。
※ 中途半端な物言いで終わらないように。どんな仕事をしたいのか、抱負をしっかり書いて締めくくる。

全体に、自分の気持ちを語るだけで、
ジャズについても、仕事についても言及が足りない。

彼女は面接に備えて、MDを用意している。
自分のCDアルバムの中から、
「映像の後ろで流す、風景に溶け込みやすい音楽」の選集なのだそうだ。

書き直した答案 添削例・諸注意
 初めてニューヨークに行ったとき、ジャズの路上演奏を聞いた。空に向かって昇っていくかのように、サックスが鳴り響き、黒人女性のボーカルが心の奥底から声を出す。それには鳥肌が立ち、なぜか涙がポロポロ出た。「私が求めていたのは、こういう音楽だったんだ」と、身震いするほど感動した。その時、自分の心を潤してくれるものに初めて出会ったように思った。それから私はジャズにはまり込んで、ウッドベースに取り組むようにもなった。
 その頃、私は高校生だった。周りに話の合う友達もいなくて、心の中が満たされない思いで、学生生活も楽しくなかった。そんな私の心に、ジャズは救世主のように、光を差してくれた。それからは、嫌なことがあれば音楽を聞き、仲間とジャズを演奏することで悩みも忘れていられた。演奏を通じていろんな人と出会い、話ができた。仕事より趣味の音楽のほうが楽しいという人や、アルバイトをしながらプロを目差す若者、夢を実現させてニューヨークで活躍している夫婦など、様々な人と共演し、人生の先輩から教えられることも多かった。その人たちはみんな前向きに生きていた。
 今思い返せば、長い人生において、自分の好きなことをして楽しめるものがあれば、豊かに生きられるのかなあと、あの時感じたことが今も変わらずに感じられる。そこから自分の道が見えてくるのかもしれない。前向きな人々の姿から学び取ったことが、今私の心の中よみがえってくる
 。ニューヨークで出会ったジャズの感動が私に人生を教えてくれるきっかけになった。あの感動は、ジャズが黒人の魂の叫びだからなのだろうが、ジャズに限らず、音楽には人の心を揺り動かす力がある。私はこの力を多くの人に味わってもらいたいと思い、音楽を伝えられる仕事を探し求めている。

               (以上、約800字)


































◎ 感動の体験が前向きに生きてきたね。

これで、面接に呼ばれ、MDを聞いてもらえるようにもなるだろう。

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E 「本と私」


筆者は児童文学の出版社を希望している。

はじめの答案 添削例・諸注意
 「本は好き?」と尋ねられれば、「すごく好き」と即答する。しかし、「例えばどんな本?」と聞かれると、なかなか答えられない。非日常的世界を描くフィクションものが空き、という傾向はあるのだが、どの本が一番よかったかなどという質問をされると詰まってしまう。それは多分、読んだ本の内容などはほとんど忘れてしまい、本と過ごした時間の心地よさだけが印象に残っているからだと思う。
 本と私の印象に残っている時間、それは小学校3年生のとき。担任の三浦先生は二十代前半の細くてかわいい女性だった。教科書の進みがよく、授業時間が余ったとき、先生はいつも本を読んでくれた。『エルマーのぼうけん』シリーズや「注文の多い料理店」、一番多かったのは安房直子さんの本だった。チャイムが鳴るまでの、ほんの10分程度の時間だったが、本の世界にすぐに入り込めていた。みんなが黙っている静かな教室の中で、先生の朗読する声だけが存在を持っていた。音になった言葉が自分を包み、その言葉が起こす世界に浸ることが好きだった。
 読んでもらうことも好きだったが、自ら声に出して読むことも好きだった。幼い頃、内向的でありながら注目されたいという野心ももっていた私は、国語の授業で先生が教科書を読ませるときだけ手を挙げた。風邪で鼻声だとわかっている日もそうした。みんなが私の声だけをじっと聞いているのが気持ちよかったのだ。自分が考えた言葉ではないにしろ、それは自己表現に向けての一歩だったように思う。
 本はいつも心地よい空間を与えてくれた。朗読を聞くときは、ほんの世界に浸って自分を忘れ、朗読するときには自分が伝えるのだというサービス精神とちょっとした優越感をもって自分の存在を主張していたのである。


               (以上、約800字)
※ この段落は「無くもがな」。








※ 「私の思い出に残っている本との出会いは……」として、ここから始める。







←※ 「存在を持っていた」。他に表現はないか。


← 小学生の頃、私は内向的な性格だったが、






※ 読書で得たものは何であったか、それを出版という仕事でどう生かしていくか、抱負をもって締めくくる。


講  評
一、内容と構成

 この話の中で最も興味深いのは、余った時間に先生が本を読んでくれたことである。したがって、これを中心に、あるいは、これを動機として、話を組み立てるとよい。そうすると、第1段落の内容は不要になる。
 また、出版社を希望するのであれば、抱負をもって締めくくるようにしたい。
 なお、制限字数が600字程度であれば、上記の処置をするだけでよいが、800字程度を求められる場合は、結論部の前にもう一つエピソードを加えるとよい。

二、表記と表現

 例えば、第3段落の「幼い頃、内向的でありながら注目されたいという野心ももっていた私は」のところ。主語にかかる修飾語はなるべく短くする。添削例参照。

三、評点

 Bランク、75点


書き直した答案 添削例・諸注意
 私の思い出に残っている本との出会いは、小学校3年生のときのことだ。担任の三浦先生は20代前半の、ほっそりとした、かわいい感じの女性だった。教科書の進みがよく、授業時間が余ったとき、先生はいつも本を読んでくれた。『エルマーのぼうけん』シリーズや「注文の多い料理店」が印象にのこっているが、一番多かったのは安房直子さんの本だった。チャイムが鳴るまでの、ほんの10分程度の時間だったが、本の世界にすぐに入り込んでいた。みんなが黙っている静かな教室の中で、先生の朗読する声だけがその場を占めていた。音になった言葉が私を包んでくれるようで、その音の世界に浸ることがすてきだった。
 読んでもらうことも好きだったが、自ら声に出して読むことも好きだった。私は内向的な性格であったが、注目されたいという野心ももっていたので、国語の授業で先生が教科書を読ませるときだけは手を挙げた。風邪で鼻声だとわかっている日も手を挙げた。みんなが私の声だけをじっと聞いているのが気持ちよかったのだ。自分が考えた言葉ではないにしても、それは自己表現に向けての一歩だったように思う。
 本との出会いでは、もう一つ、感動した思い出がある。5年生ぐらいのとき、学校の図書室で何気なく手に取ったのが『母をたずねて三千里』という本だった。10歳ぐらいの少年が、生き別れになっている母親を捜し求めて、ヨーロッパから南アメリカまで旅をする話である。苦難の末に母親と再会したくだりでは、感動のあまり茫然としてしまった。その日は家に帰っても、何も手につかなかった。
 このような体験を思い出すと、本は素晴らしいものだと思う。自分が味わった心地よさや感動を多くの子どもたちに味わってほしい。童話作家や絵本作家の人たちと、話の面白さや絵を眺める楽しさを追究し、想像する力が養われるような本を作りたい。

               (以上、約800字)











←※ 「存在を持っていた」よりはよいか。
























これで、本作りの希望を聞き入れてもらえるであろう。

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F 「科学と私」

筆者は教育関係の仕事をしたいと考えている。

はじめの答案 添削例・諸注意
 私は中学生のころ、化学の実験が好きだった。その時間、先生が魔法使いのようだったからでもある。先生は酸素と二酸化炭素という、魔法の気体を用いて、マッチの先を激しく燃やしたり、突然消すなんてことをやってのけた。私はそんな魔法のような化学に惹かれた。なぜ魔法のような現象が起こるのか、私はその謎が知りたくて、大学へ進学し、化学を専攻することになった。
 最近、理工系離れという文字を新聞雑誌等で見かけることが多くなった。それは理工系出身者に対する待遇の悪さだけでなく、学校で行われる科学教育にも問題があると言われている。日本の科学教育は知識の獲得に偏りすぎるきらいがある。公式の暗記、その活用が重視され、公式の導き出される過程は軽視されている。このような教育が行われているために、生徒は科学に興味をもてなくなっているのであろう。
 現代の日本の繁栄を支えているのは、科学技術である。今後も日本が繁栄を続けていくためには、科学技術生み出す優秀な科学者を育てていかなければならない。現在起こっている理工系離れを食い止めるためには、たとえ時間がかかったとしても、実験など、生徒に考えさせる授業を多くしていかなければならないであろう。
 私はこれまで学ぶ立場で化学に惹かれ、それと触れ合ってきた。同時に、日本の科学教育の問題点にも触れてきた。今後、私は広い視点に立って、日本の科学教育を考え、問題を解決していく仕事をしてみたい。

               (以上、約650字)


← 酸素や二酸化炭素などの魔法の気体を……



← 大学へ進み




※ 中学では実験が多くなっている。これは高校の問題としてとらえるとよい。

※ この段落では自分の意見を交えず、客観的な事実で固める。その上で、次の段落で実体験に基づく自説を展開する。




← 実験や観察を多くして、生徒が授業に興味がもてる方向にもっていかなければならないであろう。

※ 字数も不足している。問題点を論じる余裕はじゅうぶんにある。実体験を増やすとよい。そうすれば、問題点もより明らかになろう。


書き直した答案 添削例・諸注意
 私は中学生のころ、化学の実験が好きだった。その時間、先生が魔法使いのようだったからでもある。先生は酸素や二酸化炭素などの魔法の気体を用いて、マッチの先を激しく燃やしたり、突然消したりなんてことをやってのけた。私はそんな魔法のような化学に惹かれた。なぜ魔法のような現象が起こるのか、私はその謎が知りたくて、大学へ進み化学を専攻することになった。
 最近、理工系離れという文字を新聞雑誌等で見かけることが多くなった。その理由として、理工系出身者に対する待遇の悪さだけでなく、学校で行われる科学教育にも問題があると言われる。日本の科学教育は知識の獲得に偏りすぎるきらいがある。中学ではまだしも実験が多く行われているが、高校では公式の暗記が重視され、公式の導き出される過程、つまり、実験・観察がは軽視されている。このため、生徒は科学に興味をもてなくなっているというのである。
 実際、自分の高校時代を振り返ってみると、実験で確かめるよりも、理屈で覚えることのほうが多かった。ある時、なぜこんな授業ばかりなのか、先生に尋ねると、こうしないと受験に間に合わないということだった。日本の高校の授業は受験を前提に行われているのだ。これでは授業が味気ないのも無理はない。授業が味気ないといえば、友人にその例を見ることができる。彼は授業中によく家の間取り図をかいていた。当然建築学科に行くものと思っていたが、進んだのは文系だった。わけを聞くと、「数学がだめなのだ。二次関数のグラフのちょん切れたようなのが移動するようになってから、ついていけなくなった」と言った。確かにあれは厄介だ。わたしなど、そこを捨てて受験したほどだ。思えば、こんなところ、つまり、数学にも理工系離れの一因があるようだ。
 現代の日本の繁栄を支えているのは、科学技術である。今後も日本が繁栄を続けていくためには、優秀な科学者を育てていかなければならない。現在起こっている理工系離れを食い止めるためには、高校の理数系のカリキュラムを改変する必要がある。同時に、大学入試の問題も実験・観察の成果を見る方向にもっていく必要もあろう。

               (以上、約800字)


















◎ 自分の考えを客観的事実に仕立ててしまっているが、的を外しているわけではないので、これでよしとしよう。













◎ これで、理工系離れの話にも生彩が出てきた。

実際、この結論部は関係者に聞かせたい話である。

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G 「仕事の倫理」

準備中




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H 「手作りの味」


手芸・服飾・料理について、もっぱら手作りを趣味とする人向けの本を出している出版社がある。
これは、その出版社向けの練習答案である。

はじめの答案 添削例・諸注意
 私は毎日夕ごはんを手作りしている。朝はパンと牛乳、お昼は大学の近くで外食することが多いので、バランスよく栄養を摂るために、「夜は手作り」を心がけている。一人暮らしだから、失敗を恐れずに創意工夫ができる。今がチャンスだと思い、限られた予算の中でチャレンジする毎日だ。
 自分一人のために作る。この場合、味や見た目より栄養と安さを優先させてしまう。しかし、誰かのために作る時、もっと工夫を加える。家族・友人・恋人に手料理でもてなすことが多い。私は相手を喜ばせようと、栄養だけでなく、見た目、味、季節感、品数、相手の好みなどを考慮して作っている。例えば昨年の夏、実家に帰ったときに作った料理は家族に大好評だった。体重増加ぎみの父のために、油を極力控え、肉を使わない「夏野菜のヘルシーカレー」だ。まず生姜、にんにく、玉ねぎをみじん切りにして、ルーといっしょに煮込む。そして、オクラ、茄子、かぼちゃ、枝豆をカレー粉で炒めて、トッピングした。そして、デザートは白桃を入れたヨーグルトだ。家族は大変喜んで食べてくれた。
 相手の喜ぶ顔を想像しながら作る時、私は気持ちが優しく穏やかになるのを感じる。作るだけでも満ち足りた気分だが、相手に「おいしい」と言われると、ほんとうに嬉しくなる。同じレシピでも、相手がいるときは味がよくなる。「愛情が隠し味」と思っている。
 私は「手作り」が好きだ。私は手作りする人を応援し、手作りによる幸せを提供したい。使いやすい、細やかな配慮のある実用的な機能と、手作り特有の優しさや和やかさを兼ね備えた本を作りたい。私自身毎日手作りしているので、様々なアイディアがたくさんある。手作りが好きという思いと、使い手としてのアイディアを生かし、手作りする人を応援する本を作って生きたい。

                (以上、約800字)

← 大学の近くで軽食で済ます……






← 家族、夕人、恋人を……もてなすことが



◎ 料理と作り方の例がよい。











◎ 実に、いい言葉だ。確かに、「料理は愛情」と言われる。
← ……好きだ。だから、手作りする人を……


※ 結論部の抱負が唐突で、かつ、乱雑の感なきにしもあらず。多すぎる修飾語のことと合わせて、考えをすっきりさせたい。

手作りの事例が実に良い。作る様子が具体的で、
弾むような気持ちが伝わってくる。
それ故に、結論部の抱負にひと奮起が望まれる。

書き直した答案 添削例・諸注意
 私は毎日夕ごはんを手作りしている。朝はパンと牛乳、お昼は大学の近くで軽食で済ますことが多いので、バランスよく栄養を摂るために、「夜は手作り」を心がけている。一人暮らしだから、失敗を恐れずに創意工夫ができる。今がチャンスだと思い、限られた予算の中でチャレンジする毎日だ。
 自分一人のために作る場合、味や見た目より栄養と安さを優先させてしまう。しかし、誰かのために作る時は、工夫を加える。家族・友人・恋人を手料理でもてなすことが多い。私は相手を喜ばせようと、栄養だけでなく、見た目、味、季節感、品数、相手の好みなどを考慮して作っている。例えば、昨年の夏、実家に帰ったときに作った料理は家族に大好評だった。体重増加ぎみの父のために、油を極力控え、肉を使わない「夏野菜のヘルシーカレー」を作った。生姜、にんにく、玉ねぎをみじん切りにして、ルーといっしょに煮込む。そして、オクラ、茄子、かぼちゃ、枝豆をカレー粉で炒めて、トッピングした。そして、デザートは白桃を入れたヨーグルトだ。家族は大変喜んで食べてくれた。
 相手の喜ぶ顔を想像しながら作る時、私は気持ちが優しく穏やかになるのを感じる。作るだけでも満ち足りた気分だが、相手に「おいしい」と言われると、ほんとうに嬉しくなる。同じレシピでも、相手がいるときは味がよくなる。「愛情が隠し味」と思っている。
 私は「手作り」が好きだから、手作りが好きな人には親しみを覚える。だから、私はその気持ちを本という形で伝えたい。私自身、毎日手作りしているので、アイディアはたくさんある。本にする上では、実用的な使いやすさに加え、手作り特有の優しさを盛り込みたい。本作りにおいても、大切なのは愛情だと思う。料理と同様、本作りにおいても愛情を持って取り組みたい。

                (以上、約800字) 


































◎ 「愛情」が生きたね。こんな言葉がすんなり出るのも、何事にも心をこめて取り組んでいるからなのだろう。

彼女たちは就職氷河期にあって、何社も掛け持ち受験しなければならない。
そこで、こんな問答ともなった。
「教科書出版のM図書も受けようと思うのですが、この小論は使えるでしょうか」
「使える。結論部をM社に合わせて書き換えればね」
「『手作り』の部分はいいのですね」
「とてもよく出来ている。カレーに例えれば、ルーのようものだ」
「では、トッピングを変えれば、いいのですね」

少々軽い問答となったが、このルーにはパーソナリティーが現れるものであるから、、
これさえしっかり作っておけば、
活動の回転軸として、いろいろな状況・課題に対処できる。

後日談も記しておかなければなるまい。
もちろん、彼女は一次試験をパスした。だが、
他社の内定を取り付けたので、この会社の面接は受けず仕舞いであった。

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I 「私の好きな言葉」


就職試験では、職務に関するものにとどまらず、
いろいろな課題が出されるが、前項同様、一つを書いておけば、
類似の題に応用できるものである。

次の例文などは「心に残る一冊」、「私の愛読書」のほか、
「私の学生生活」、「いちばん力を入れたこと」などにも応用できよう。

はじめの答案 添削例・諸注意
 私の好きな言葉は「人はただ一人では無であり、他者との関係において自分の存在が認識できる」という言葉だ。これはヤスパースの『哲学入門』に出てくる。
 彼は本書で以下のように語る。現代は共同体が形骸化し、表面的な付き合いの中で多くの人が孤独を感じている。そこで彼は、人間存在の中で確かで信用できる部分、つまり、実存を大切にすることを提案する。だが、人間一人では真理(実存)を確認できない。人はただ一人では無である。他者との関係の中でこそ自分の考えや存在が浮き上がり、認識できるのだ。そのために単なる交わりでなく、「実存と実存との交わり」が必要なのだ。そこでは弁論や攻撃は権力を獲得する手段ではなく、お互いに接近し合うための手段である。闘争は「愛の闘争」であり、各人は相手に武器を引き渡す。根本的なステージにおいて、全てが相互に要求され合い、問われる。真理・実存はこのような交わりにおいてのみ実現されるのだ。

 私は浪人時代にこの本、この言葉に出会った。私は朝7時半の電車に乗り、宇都宮の自宅からお茶の水の予備校に通っていた。高校の友人達は先に進学し、私は一人で机に向かう毎日だった。私は孤独感の中で、人との交わりを欲していた。しかも、魂と魂とが交流し、腹の底から理解し合えるような交わりを望んでいた。他方、この頃から言葉の不完全さを痛感していた。自分の内側から湧き起こる思いは、言葉にする段階で形が整えられてしまう。当初の思いとは、小さくても確かなズレが生じる。更にその言葉を相手が受け入れる段階で相手の主観や経験に従って再び形が変えられてしまう。湧き上がる思いを相互に、そっくりそのまま受け止め合うような、真の交わりをしたいが、不可能だろうと感じていた。
 このような心境の時にヤスパースの言葉に出会ったので、一層心に響き、考え方が変えられた。それ以降、人と真実の交わりをするために、まずは自分の心の武装解除を行った。弱さやコンプレックスを隠すための鎧はもはや必要ない。その上で、「分かり合おう」という気持ちで臨み、自分の思いを語る。ズレが生じても、諦めずに相互理解を目差して言葉を重ねる。私は分かり合う手段としての言葉を重視し、感謝して使う。思いを伝えるのに最適な言葉を選び、相手の言葉をそのまま受け止めようと心がけている。私はこの言葉に出会ったことで、真摯で素直な気持ちで人と話すようになった。

 私は人間関係で行き詰ったり、悲しいことがあると、この言葉を思い出す。しかし、ここにおいて、友人や家族との関係で、何の障害もないのは、実存と実存との交わりができていることの証明に他ならないと思っている。今やこの言葉は私の中にしっかり根を下ろし、私のバックボーンになっているからこそなのだろう。

            (以上、約1300字)




※ 自分の解釈や注釈を挟んではいけない。この段落は「ヤスパースが語ること」だけにする。

※ 実存が真理であることを、前提として、明らかにしておく必要がある。
← 浮かび上がり、自己を認識できるのだ。
← 弁明や論難はお互いに接近し合うための

← 両者は相手に対し互いに武装解除する。
※ 「根本的な……」の文も分かりやすく砕いてみよう。あるいは、削除する。





← 欲していた。それも、魂と……



← ……段階で変に形ができてしまう。当初の思いとにズレが生じている。たとえ小さくても、確かにズレがあるのだ。さらに、……
← ……思いを互いにそっくり受け止め合える、真の交わりをしたいのだが、それは不可能だろうと……。







← ……言葉を重視している。思いを伝えるのに……
← ……受け止めようと心がけた。私はヤスパースの言葉に出会ったことによって、

←  私は人間関係で行き詰まったり、悲しいことに出会ったりすると、この言葉を思い出す。友人や家族との関係において何のわだかまりや障害もないのは、実存と実存との交わりができているからなのだろうと思う。今やこの言葉は私の中にしっかり根を下ろし、私のバックボーンになっている。

一見難解と思われる哲学上の問題も、体験に取り込んで論じられているので、
分かりやすく好感のもてるものとなっている。
随所の表現を的確にするとともに、締めくくりをすっきりさせたい。

書き直した答案 添削例・諸注意
 私の好きな言葉は「人はただ一人では無であり、他者との関係において自分の存在が認識できる」という言葉だ。これはヤスパースの『哲学入門』に出てくる。
 ヤスパースにおいて、真理は「実存」、つまり、「自己の主体的な存在」であり、彼はこれを命題として、本書で次のように語る。
 現代は共同体が形骸化し、表面的な付き合いの中で多くの人が孤独を感じている。このような状況では、人間存在の中で確かで信用できる部分、つまり、実存を大切にする必要がある。だが、人間一人では実存を確認できない。人はただ一人では無であり、他者との関係の中でこそ自分の考えや存在が浮かび上がり、自己を認識できるのだ。その認識のためには、単なる交わりでなく、「実存と実存との交わり」が必要になる。そこでは弁明や論難はお互いに接近し合うための手段である。闘争は「愛の闘争」であり、向き合う両者はそれぞれに武装解除する。そうしてこそ、互いに全てを問い、求めることができる。実存、つまり、自己の認識はこのような交わりにおいてのみ実現されるのだ。

 私は浪人時代にこの本、この言葉に出会った。私は朝7時半の電車に乗り、宇都宮の自宅からお茶の水の予備校に通っていた。高校の友人達は先に進学し、私は一人で机に向かう毎日だった。私は孤独感の中で、人との交わりを欲していた。それも、魂と魂とが交流し、腹の底から理解し合えるような交わりを望んでいた。他方、この頃から言葉の不完全さを痛感していた。自分の内側から湧き起こる思いは、言葉にする段階で変に形ができてしまう。当初の思いとにズレが生じている。たとえズレは小さくても、確かにあるのだ。さらに、その言葉を相手が受け入れる段階で相手の主観や経験によって再び形が変えられてしまう。湧き上がる思いをそっくり受け止め合える、真の交わりをしたいのだが、それは不可能だろうと感じていた。

 このような心境の時にヤスパースの言葉に出会って、心の底に響いた。私は人と真実の交わりをするために、まず自分の心の武装解除を行った。弱さやコンプレックスを隠すための鎧はもはや必要ない。その上で、「分かり合おう」という気持ちで臨み、自分の思いを語る。ズレが生じても、諦めずに相互理解を目差して言葉を重ねる。私は分かり合う手段としての言葉を重視ている。思いを伝えるのに最適な言葉を選び、相手の言葉をそのまま受け止めようと心がけた。私はヤスパースの言葉に出会ったことによって、真摯で素直な気持ちで人と話せるようになった。

 私は人間関係で行き詰まったり、悲しいことに出会ったりすると、この言葉を思い出す。友人や家族との関係において何のわだかまりや障害もないのは、実存と実存との交わりができているからなのだろう。今やこの言葉は私の中にしっかり根を下ろし、私のバックボーンになっている。

            (以上、約1300字) 




◎ 真理と実存の関係を明らかにしているので、以下の、ヤスパースの語る内容が確かな手応えで理解できる。















































◎ ヤスパースの言葉が観念としてではなく、ふだんの生活にすっかり溶け込んでいるのだね。

大学生なら、この程度の1冊は読んでおきたい。
アニメが世に認められるようになったからといって、
愛読書がアニメであってはこころもとない。
アニメ関係の会社を受けるにしても、「愛読書」は、
活字で書かれた「手塚治虫論」や「宮崎駿研究」でありたい。


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J 「友情」


破天荒とも思える友情を描いた答案がある。
ただし、これは既に著書に収載しているため、ここに再録はできない。

本屋さんへ足を運んでもらわなければならないが、
興味のある方はこちらへ。
『作文試験必勝のパターン』ー第六章「例文集」…五、「友情」参照。


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K 「心に残る人」


筆者は大学を出て、いったん就職をした後、
郷里に帰って将来を模索している。

はじめの答案 添削例・諸注意
 私は昨年、県主催の地域研究交流会に参加した。そこで私は1年間、地域経済、特に農業の分野について研究した。その間にインタビューをした人の中に、素晴らしく印象に残るひとがいたのである。
 その人の名は大山さんといい、みかん畑の山の中腹に家を建て、そこを宿泊施設として経営をしつつ、みかん農家をやっている方であった。グリーンツーリズムの実践者として話を聞きにいったのだが、いろいろと触発されることの多いインタビューとなった。
 大山さんは自然の中で農業をし、そこで採れた野菜を食する。その大事さに共感できる人たちと共に過ごせる場所がほしくて、山の中に施設を建てたのだという。場所探しから家の建築、畑作りなど、主な仕事をほとんど夫婦で行った。そのパワーにも驚いたが、まだまだこれからやりたいことが山のようにあるという大山さんの語り口に強く惹かれた。
 楽しげな話の中に苦労話もあった。普通の住民が小さな夢を叶えたいだけなのに、様々な規制があった。料理を出すなら保健所の許可、人を泊めるなら旅館業として、部屋数に応じたトイレの数まで規制があった。その他にもいろいろな規制があるが、半ばごまかしで許可を取ってここまで来たと、大山さんは笑いながら語った。
 私は、そんな規制を何事もなくクリアしている大山さんを見て、夢を持つ人はどんな苦労も苦労と思わないのだと感心させられた。と同時に、自分の知らないところに様々な規制があること、それが夢の妨げになっていることを知った。
 私は、大山さんに会って、大いに触発された。また、自分の知らない世界のあることを知った。このような人のことをもっと多くの人に知ってもらいたいと思った。

                (以上、約800字)

← その会で1年間、私は…… 

← 印象に残る夫婦がいた。(※ この段階で、大山さんは2人であることを示しておく。

※ みかん畑は買い取ったのか、自分たちで切り開いたのか。


※ グリーンツーリングについて、自然生活を体験したい人々に宿を提供する意味のことを入れておきたい。そうでないと、宿泊施設の提供が副業のような印象を与えてしまう。


※ 苦労話も、規制との戦いよりもグリーンツーリングの実践のほうに重点を置きたい。
 「規制」の件は一言で済ますようにする。


← 私は、一から始めて苦労を苦労とも思わないで乗り越えていく大山さんの姿を見て、夢を……



※ 「触発された」中味をもっと詳しく書こう。
※ 知り切れトンボの感じなので、「印象」をどうやって伝えようとしているのかをもって締めくくる。

気持ちの揺れが文章にも現れているというところか。

書き直した答案 添削例・諸注意
 私は昨年、県主催の地域研究交流会に参加した。その会で1年間、私は地域経済、特に農業の分野について研究した。その間、いろいろな人にインタビューをしたが、その中に素晴らしく印象に残る夫婦がいた。
 その夫婦は大山さんといい、みかん山の中腹で、農業のかたわら、グリーンツーリングの人々のための宿泊施設を営んである。私は、グリーンツーリズムの実践者としてのご夫妻に話を聞きにいったのだが、触発されることの多いインタビューとなった。
 ご夫妻は自然の中で採れた野菜を食し、また、宿泊者に提供する。もともとは、自然食の大事さに共感できる人たちと、共に過ごせる場所がほしくて、山の中に施設を建てたのだった。場所探しから家の建築、畑作りなど、主な仕事をほとんど夫婦二人で行った。みかん畑は放置されていたのを買い取って、整地していった。建物は畑の中にあった小屋に建て増ししていった。柱や梁はさすがに大工さんに頼んだが、壁や床は自分たちで板を張っていった。困ったのは、客を泊めるなら旅館業としての申請や保健所の許可が要ることだった。半ばごまかしで許可を取ってここまで来たと、大山さんは笑いながら語った。
 そのパワーに驚いたが、まだまだこれからやりたいことが山のようにあるという大山さんたちの話には圧倒された。夢を持つ人はどんな苦労も苦労と思わないのだと感心させられた。私は大山さんに会って、大いに触発された。その多くは自分の知らない世界のことだった。そのため、このような人や世界のことをもっと多くの人に知ってもらいたいと思うようになった。
 私は今、発掘のおもしろさもあって、ルポライターを目差している。

                (以上、約800字)

























☆ 余談だが、交友関係を見れば、その人物の「人と形(なり)」(性格)が推察できると言われる。このような人との出会いの記録も、人物評価の参考になることだろう。

これで、気持ちも落ち着いたようだ。

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シャクナゲ畑