作文ワールドV

社会科作文

その1

も く じ
  はじめに

作文ワールドV「社会科作文」−その2 ーその3  
作文ワールド(原点)  作文ワールドU(1人1人の作文) 
W(理科作文) X(スポーツ作文)  Y(七五の四行詩)  
Z(図工作文)  \(家庭科作文)  [(エトセトラ)
](作文のこころ)


小学生の作文教室  作品展示場(扉)  トップページ 



も く じ
○ はじめに

10.『韓国のおばあちゃん』      − ひなのさん(高1)
11.『韓流ショッピング』         − ひなのさん(高1)
12.

1.『鑑真記念館』(鹿児島県坊津町)      − 宗晃くん (小6)
2.『北海道の旅』(「寝台特急・カシオペア」)− 貴晴くん (小5)
3.『祖谷のかずら橋』(徳島県)        − 理咲ちゃん(小4)
4.『ヨセミテ国立公園』(アメリカ)      − 誠ちゃん (小5)
6.『カタリナ島キャンプ』(アメリカ)   − 勇太郎くん(小6)
7.『ハワイのそろばん教室』     − ひなのさん(小5)

8.世界の食べ物            − 陶子さん(小5〜中2)
  @ −1.「ロコモコ」(ハワイ)
     −2.「ゲータレード」(〃)
     −3.「アサイボウル」(〃)
     −4.「トロピカルジュース」(〃)
  A 「山盛りフルーツ」(インドネシア) 
  B −1.「小龍包」(ショーロンポー)(香港)
     −2.「エッグタルト」(〃)
     −3.「ガイダンジャイ(鶏蛋仔)」(〃)
     −4.「シンハーガウウォン(鮮蝦餃仔)
  C −1.「サムギョプサル」(韓国)
    −2.「カンジャンケジャン」(〃)
    −3.「サムゲタン」(〃)
    −4.「カルビ」(〃)
    −5.「ホットク」(〃)

9.「修学旅行」…(北海道)      − 紀一くん(小5)
  ○ はじめの作文
  ○ 書き直した作文
     @ 1・2日目
     A 3日目
     B 4・5日目
  ◎「旅行記」「紀行文」特集(鳥観図による方法)は、こちらへ

「東日本大震災」の作文・第1部  第2部・第3部
作文打出の小づち・総もくじ



○ はじめに

 夏休みになると、生徒諸君はいろいろな所へ出かける。
ただ、せっかくいい所に行っておきながら、作文の中味は総じて簡単である。
400字詰めの用紙1枚程度に書きなれているせいかもしれない。

 そこで、行った先の地理や歴史についてちょっとアドバイスをすると、
みんなパンフレットを読み直したり、百科事典をひも解いたりし始める。
そうして、なかなかの傑作が出来上がる。

 こうして出来上がったものを当道場では「社会科作文」と呼んでいる。
その原型は「作文ワールド」の「熊本」にある。

かずやくんの作文も、初めは
「夏休みに熊本へ行った。2日目に阿蘇山を見物し、
4日目は熊本城に登った」という程度の簡単なものだった。
それが、地図帳や百科事典などで調べて、あのようなものになった。
ぼんやりしていた記憶が、鮮明な認識になったことであろう。


『鑑真記念館』(小6 西村宗晃)

 宗晃くんは通信の受講生で、ファクスと郵便で答案のやり取りをしている。

はじめの作文 添削例
 鹿児島県坊津町という所に鑑真が上陸しました。それを博物館という形で展示したのがここです。ここは、テレビに出て指宿から近いから一度行ってみたいと思い、今年行ってきました。
 枕崎市まで一時間で、そのとなりの町だから一時間と少しだろうと思っていましたが、実際は、リアス式海岸の海岸線に沿って道ができていて、くねくねと曲がりくねっていたため、二時間もかかってしまいました。その間おなかが空いたので、近くの公園でおにぎりを食べました。海面から垂直に五十メートルくらいのがけの上で食べました。海は一面のエメラルドグリーンで、すごくきれいでした。
 そこから三十分くらいかかって、やっと鑑真記念館に着きました。
 外観は、すごく大きな寺といった感じでしたが、一階は大きな倉庫でした。二階が記念館でした。
 入ってみるとすごく小さくて、ぼくたちの教室と同じくらいしかありませんでした。見るものが、坐像とジオラマと年表だけでした。本物の坐像が来たことかあり、それは今、唐招提寺にあるそうです。本物の国宝が見られると思い来たのに、見られなくて少し残念でした。
 坊津というところは昔、日本三津といわれ他の博多津、伊勢津(三重県津市)とならび栄えた港であったことを知りました。坊津の自然と歴史を知ることができて、有いぎな旅行だったと思いました。
← 鹿児島県に坊津という町があります。ここは、奈良時代の昔、鑑真が上陸した所です。それを記念して、この町には……

← 指宿から枕崎まで










※「外観は、」を前の段落につなぐ。
← 一階は大きな倉庫で、二階が……

※ ジオラマには何が映っていたか。鑑真というのはどんな人物なのか、紹介してみよう。

※「坊津の自然」のこともくわしく書いてみよう。
 鑑真のことと合わせて4〜5枚くらいになると、すばらしい作文になるよ。 

 この作文は400字詰めの用紙で1枚半(600字)の分量である。
「講評」には「鑑真のこととリアス式海岸の様子をくわしく書いてみよう」書き添えておいた。
すると、これが5枚にふくらんで届いた。読みごたえがある。

書き直した作文
 鹿児島県に坊津という町があります。ここは奈良時代の昔、鑑真が上陸した所です。それを記念して、この町には記念館があります。それが以前、テレビに出たことがあり、祖父母の住む指宿から近いので一度行ってみたいと思い、今年行って来ました。
 指宿から枕崎まで一時間で、その隣の町だから一時間と少しだろうと思っていましたが、実際はリアス式海岸の海岸線に沿って道ができていて、くねくねと曲がりくねっていたために二時間もかかってしまいました。リアス式海岸は、海岸線の入り組んだ地形で、谷が直接海に落ち込んだ「溺れ谷」が連続した地形です。もともと谷だったところに海水が入り込んでできるものです。そのため、目的地は見えているのに、走っても走っても車はそこに着きません。その間おなかが空いたので、途中の公園でおにぎりを食べました。海面から垂直に五十メートルくらいのがけの上で食べました。海は一面のエメラルドグリーンで、すごくきれいでした。水平線の向こうに島が見えました。火山島のようでした。後で地図を見たら、黒島という島だということがわかりました。
 公園から三十分くらいかかって、やっと鑑真記念館に着きました。外観は大きな寺といった感じで、一階は大きな倉庫で、二階が記念館でした。入ってみると、思ったよりも小さくて、ぼくたちの教室と同じくらいしかありませんでした。見るものが、ジオラマと坐像と年表しかありませんでした。ジオラマは、鑑真が坊津に入港して来た様子を、動く模型で表してありました。坐像は、本物かと思いきや、説明文にレプリカと書いてありました。テレビでは国宝と紹介してあったのでおかしいなと思いました。係の人に聞くと、「二年前に鑑真入国千三百年を記念して、本物の坐像が来たことかある。」とのことでした。本物は、奈良の唐招提寺にあるそうです。本物の国宝が見られると思ってきたのに、見られなくて残念でした。しかし、ジオラマと年表のおかげで、鑑真について深く知ることができました。
 鑑真は、奈良時代の帰化僧で、日本における律宗の開祖です。本来、仏教では、新たに僧になろうとする者は、戒律を遵守するという誓いを立てる儀式を行う必要があります。これを授戒といいます。授戒は、資格を持った十人以上の高僧(授戒師)の前で行わなければなりません。日本には、受戒師の資格を持った僧がいませんでした。しかも、奈良時代の日本には、僧になると税を免除される特権があったため、勝手に僧を名乗る者が続出しました。
 この状態を憂いた舎人親王は栄叡(ようえい)と普照(ふしょう)という二人の僧を唐に派遣しました。目的は、授戒師を十人連れてくることです。唐に着いた栄叡と普照は授戒師として日本に渡ってくる僧を募りますが、誰も応じてくれません。困った二人は、律宗で最も偉い人に相談すれば、誰か紹介してもらえるのではないかと考えました。そこで、当時、南山律宗の継承者であった鑑真に直接相談するこことしました。鑑真は弟子に問いかけましたが、誰も日本に行こうという者はいませんでした。そこで、鑑真は「誰も行かないのであれば、この私が行こう。」と言いました。結局、鑑真と同行の僧二十一人が日本に行くことになりました。
 鑑真は何度も渡航しようとしますが、そのたびに役人に見つかったり、船が難破したりします。六度目の挑戦でようやく坊津にたどり着きましたが、その時は疲労により、両目を失明していました。
 鑑真は坊津から奈良に入り、孝謙天皇の下で正式な授戒を行い、日本の仏教の制度を整えました。これ以降、日本では勝手に僧を名乗ることができなくなり、僧になるためには天皇の名の下で授戒を受けなければならなくなりました。このことは、僧になる権利を与える(つまり免税の権利を与える)のは天皇だけということになり、天皇の特権の独占(中央集権化)が進みました。
 ぼくは、これまで鑑真というえらいお坊さんが日本に来て大きな寺を作ったとだけ覚えていましたが、鑑真が日本に来たことが、天皇の権力の強化につながったことを初めて知りました。
 また、坊津というところは昔、日本三津と呼ばれ、他の筑前博多津(福岡市)、伊勢安濃津(三重県津市)と並び栄えた港であったことを知りました。他の二港は今でも栄えているのに、坊津だけがさびれています。日本の南端にあり、交通の便が悪いからだと思います。しかし、おかげで美しい自然が残りました。今回の旅行は、坊津の自然と歴史を知ることができて、大変有意義な旅行でした。








































◎ 鑑真上陸の地や記念館、坊津の町については、こちらから。

 リアス式海岸の説明では、学術的な認識もさることながら、
「目的地は見えているのに、……」というのが、何ともうまい。実感がこちらにも伝わってくる。
また、「ジオラマと年表のおかげで、鑑真について深く知ることができました」とあって、
「鑑真は……」というつなぎも実にうまい。こちらも引き込まれて読んでしまう。
 まことに「有意義な」作文である。

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『北海道の旅』(小5 鈴木貴晴)

 貴晴くんは「鉄道マニア」である。「電車オタク」といってもよい。
首都圏の電車にはほとんど乗っている。
そして、長期の休暇には新幹線や特急に乗って、あちこちに足を延ばしている。

はじめの作文 添削例・諸注意
 8月2日から8月5日まで北海道の旅をした。
 国立駅から中央線で国分寺駅で中央特快東京行きに乗って新宿駅で降り、山手線外回りに乗って上野駅に降りた。
 上野駅の13番乗り場で午後4時20分発の「カシオペア」札幌行きに乗った。
 8月3日に札幌駅に着いた。みどりの窓口へ行って、指定席券を買った。「スーパーホワイトアロー」に乗って終点旭川駅で降りた。
 富良野線富良野行きに乗って、美瑛駅で降りた。美瑛駅の2番線乗り場で「富良野・美瑛ノロッコ号」に乗った。ノロッコ号の景色は、美馬牛小学校、ラベンダー畑が見えた。午後1時52分に富良野駅に到着した。
 タクシーで新富良野プリンスホテルへ行った。チェックインをした後、昼ねをした。昼ねをした後、プールへ行った。気持ちよかった。おなかがすいたので1階の中国レストランでかにチャーハンを食べた。夜の散歩は、新富良野プリンスホテルのとなりにある森の時計へ行った。客室のお風呂に入ってねた。
 翌日、朝食にパンとか食べた。客室にもどって帰る準備をした。チェックアウトをして、タクシーに乗って、富良野駅へ行った。
 富良野駅で富良野線に乗って終点旭川駅で降りた。旭川駅から「オホーツク号」に乗って、次の上川駅で降りた。上川駅を歩いてみた。また「オホーツク号」に乗って終点札幌駅で降りた。札幌駅のJRタワーへ行った。38階から景色を見た。テレビ塔などが見えた。
 札幌駅から区間快速小樽行きに乗った。終点小樽駅で降りた。ホテルでチェックインをした。おなかがすいたので、3階のステーキ屋へ行った。次は、温泉へ行った。温泉へ行った後ねた。
 翌日、小樽駅から各駅停車札幌行きに乗った。札幌駅から「スーパー北斗号」に乗って、終点函館駅で降りた。元町公園行きのバスに乗って、函館山で降りた。ロープウェイに乗って、函館山の景色を見た。ロープウェイで降り、元町でバスに乗った。函館駅から「スーパー北斗号」に乗って、南千歳駅で降り、「エアポート号」に乗って終点新千歳空港駅で降りた。
 新千歳空港から「ピカチュウジャンボ」に乗って羽田空港第2ビルで降りた。
 羽田空港第2ビル駅から東京モノレールで快速浜松町行きに乗って、終点浜松町駅で降りた。山手線に乗って東京駅で降り、中央線に乗って国立駅で降りた。
※ だれといったのかな。
※「国立駅から」の段落のことはなくてもよい。



※ 何時に着いたのかな。カシオペア号から見えた景色も書いてみよう。札幌から旭川へ行く途中の景色などもね。地平線は見えなかったかな。
← ノロッコ号からは







※「森の時計」というのはおもしろそうだ。どんなところか、様子を書こう。










※ 小樽では運河やレンガづくりの倉庫は見なかったかな。


※ 室蘭を通って行ったのかな。

※ 函館の町はどうだっただろうか。五稜郭へは行かなかったのかな。




※ おしまいの段落のことは書かなくてもよい。「ピカチュウジャンボ」に乗ったところで終わるほうがよい。

 これは「社会科作文」の特集をするきっかけとなった作文である。
 「せっかくいい所へ行っておきながら……」というわけで、
上記「添削例・諸注意」の「※」印にあるようなことを聞き出していった。
そうすると、いろいろなこと、例えば小樽では、やはりレンガづくりの倉庫や運河を見ていたことが分かった。

聞き出すにつれて、貴くんの目は輝いてくる。
 各地での見聞を付け加えて書き直す。それをもとに、もう一度あれこれ話をして書き直す。
下記の作文は二度目に書き直したものである。
電車が好きな貴くんのことであるから、特急をベースにした作文ともなっている。

それにしても、停車駅の名と発着時刻をよく覚えているのには驚かされる。

書き直した作文
 8月2日から5日まで、お母さんと北海道の旅をした。
 上野駅の13番乗り場で午後4時20分発の「カシオペア」札幌行きに乗った。カシオペア号は豪華寝台特急列車で、オール2階建ての個室だ。ぼくたちの部屋は2階だったから、遠くまでよく見えた。右側に広がっているのは関東平野だ。列車は大宮、宇都宮に止まった。だんだん日が暮れてきた。遠くに灯がちらちらしていた。列車は郡山、仙台、一関、盛岡に止まって、八戸は通過して青森に着いた。そのころ、ぼくは眠っていた。青函トンネルには午前2時ごろに入り、3時40分ごろ北海道の函館を通ったが、ぼくは眠っていた。
 函館本線の八雲のあたりで目が覚めた。右側に海が見えた。食堂は満員というアナウンスがあったので、朝食にはジュースを飲んだだけだった。外の天気は雨で、あまり景色が見られなかった。列車は長万部に止まって、ここから室蘭本線に入った。東室蘭、登別、苫小牧、南千歳に止まって、8月3日、午前9時40分に札幌駅に着いた。
 みどりの窓口へ行って指定席券を買い「スーパーホワイトアロー」旭川行きに乗った。石狩平野を走ったから、田んぼの向こうに地平線が見えるはずだったが、曇で景色はあまり見えなかった。岩見沢、美唄、砂川、滝川、深川に止まって、11時20分に旭川に着いた。
 11時半ごろ、富良野線富良野行きに乗って、美瑛駅で降りた。駅前のセブンイレブンに行っておでんを食べた。美瑛駅の2番線乗り場で、午後1時1分発の快速「富良野・美瑛ノロッコ号」に乗った。ノロッコ号からは美馬牛小学校の赤い屋根が見えた。ラベンダー畑も見えた。赤や黄色のじゅうたんを広げたように丘の上に延びていた。午後1時52分に富良野駅に到着した。タクシーで山の中を通って新富良野プリンスホテルへ行った。チェックインをした後、昼ねをした。
 昼ねをした後、プールへ行った。気持ちよかった。おなかがすいたので、1階の中国レストランでカニチャーハンを食べた。夜の散歩で、ホテルのとなりにある「森の時計」へ行った。そこには、森の木で作った店が10軒ぐらい森の斜面に並んでいて、ふくろうの彫刻やガラスの置物があった。
 翌日、朝食にパンを食べ、富良野の牛乳を飲んだ。いいにおいがして、おいしかった。部屋にもどって出発の準備をして、タクシーで富良野駅へ行った。
 富良野駅で富良野線に乗って、ラベンダーの紫や黄色など、いろいろな景色を見ているうちに終点旭川駅に着いた。そこから「オホーツク号」に乗って、次の上川駅で降りた。駅前に大きな熊の彫り物があったが、霧が出てきて景色は見えなかった。また「オホーツク号」に乗って、田んぼと山の中を走って、終点札幌駅に着いた。。札幌駅のJRタワーへ行った。38階から札幌の街の景色を見た。道路は広く、南北にまっすぐに走っていた。テレビ塔などが見えた。
 3時に札幌駅から区間快速小樽行きに乗った。右側は海で、左側は山だった。小樽のホテルでチェックインをした後、散歩に出た。小樽は明治32年に国際貿易港に指定され、北海道経済の中心だったそうだ。石で作られた銀行などの建物が100軒くらい残っていて、外国みたいだった。運河のわきに赤レンガの倉庫があって、ライトアップされていてきれいだった。
 翌日、小樽駅から各駅停車で札幌にもどった。札幌駅から「スーパー北斗」函館行きに乗った。苫小牧、東室蘭を通った。左に太平洋、遠くに駒ケ岳を見ながら、函館駅に着いた。元町公園行きのバスに乗って、函館山のふもとで降りた。ロープウェイに乗って、函館山の頂上へ行ったが、霧がかかっていたため、景色が見えなかった。函館は、坂と協会が多かった。
 函館駅にもどって、札幌行きの「スーパー北斗」に乗った。南千歳駅で降り「エアポート号」に乗って新千歳空港に行った。新千歳空港から7時25分発の「ピカチュウジャンボ」に乗って、羽田空港に向かった。






○ 「寝台特急カシオペア」
  ホームページが移動していたら、ごめんなさい。


























○ 「美馬牛小学校」
  これはきれいすぎるかな。


























○ 「小樽運河」
  このホームページがいちばんよいか。
  サイトがなくなっていたら、ごめんなさい。
                

 寝台特急「カシオペア」は、北海道新幹線の開通を機に
平成28年(2016年)3月21日、17年の歴史に幕を閉じた。

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『祖谷のかずら橋』(小4 広瀬理咲)

 祖谷(いや)は徳島県の最奥、吉野川の最上流部にある。秘境と言われる。

はじめの作文 添削例・諸注意
 8月22日から26日まで、四国へ行きました。
 3日目に祖谷温泉に行きました。温泉に入る前に、かずら橋をわたりました。お母さんと、おじいちゃんとおばあちゃんは、へっぴりごしになっていました。私とお父さんは、すいすいわたってしまいました。
 次に、吉野川(四国三郎)で遊びました。水はつめたくて、すごくきもちよかったです。私の足の上に小魚がたくさんきました。つかまえようとすると、にげてしまいました。
 祖谷温泉に入るには、ケーブルカーに乗ってふもとまでおります。おふろには、たくさん虫がいて、そばにいたおねえさんが「この虫にさされるといたいですよ〜」といっていました。おふろのにおいは、いおうのにおいでした。自分のはだをさわると、ぬるぬるしていました。次の日の朝ろてんぶろに入りにケーブルカーに乗ってまた行きました。おふろに入って外をながめていると、頭がいたくなってしまいました。お母さんに見てもらうと、きのうのおねえさんが言っていた虫が頭に止まっていたので、あわててはらうと、頭から血がでてきたのです。たぶんその虫は、血をすう虫だったのでしょう。その虫はカではなくホタルの一まわり小さい虫でした。お母さんは「アブじゃないかな」と言っていました。私は、虫なんか大キライになりました。
 次は、虫にさされないホテルにとまりたいです。
※ だれと行ったのかな。

※ 「かずら橋」はどんなつくりになっていたかな。これをくわしく書いてみよう。

※ 地図で見ると、かずら橋と祖谷温泉はかなり離れているようだ。バスに乗って移動していたのかな。
← 祖谷温泉には露天風呂があります。これに入るには……川べりまで下ります。






← お母さんに見てもらうと、虫が頭に止まっていると言って、はたきました。きのうのおねえさんが言っていた虫でした。

 理咲ちゃんはどこをどう通ったか、あまり分からなかったようだが、吉野川には興味がある様子である。
そこで、「かずら橋がかかっている川は吉野川の上流かもしれない。橋も800年くらい前の、
平安時代の終わりごろに作られたものが、そのままの形で残っているというか、受け継がれているらしいよ」
と話すと、目を輝かせた。

書き直した作文
 8月22日から26日まで、四国へ行きました。お父さんとお母さん、おじいちゃんとおばあちゃんの5人で行きました。
 3日目に、レンタカーを借りて、祖谷温泉に行きました。その前に、かずら橋をわたりました。かずら橋はかずらという太いつるでできています。コンクリートや鉄は使われていません。長さは20メートルくらいあって、わたる時、足の下に川の流れが見えます。おじいちゃんとおばあちゃんとお母さんは、へっぴりごしになっていました。私とお父さんは、すいすいわたってしまいました。
 わたった後、川に下りて遊びました。この川は吉野川(四国三郎)の上流にあたります。水は冷たくて、すごく気持ちよかったです。私の足の上に小魚がたくさんきました。つかまえようとすると、にげてしまいました。
 車に乗って30分ぐらいすると、祖谷温泉に着きました。ここには露天風呂があります。その風呂に入るには、ケーブルカーに乗って谷底まで下ります。お風呂には、たくさん虫がいて、そばにいたおねえさんが「この虫にさされるといたいですよ〜」と言っていました。お風呂はいおうのにおいでいっぱいでした。はだをさすると、ぬるぬるしました。
 次の日の朝、また露天風呂に入りにケーブルカーに乗って行きました。お風呂に入って外をながめていると、頭がつままれるようにいたくなりました。お母さんに見てもらうと、虫が頭に止まっていると言って、はたきました。きのうのおねえさんが言っていた虫でした。頭から血がでてきました。たぶんその虫は、血をすう虫だったのでしょう。その虫はカではなくホタルの一まわり小さい虫でした。お母さんは「アブじゃないかな」と言っていました。
 私は、虫なんか大キライになりました。でも、風呂から見るけしきがとてもよかったので、露天風呂が好きになりました。




※ かずら橋の長さは、実際には45メートルらしいね。ついでに言うと、幅は1.5メートルで、水面からの高さは15メートルくらいだということだ。



※ 最上流は祖谷川というらしいね。





※ 祖谷川は道路から100〜200メートル下にあるということだから、ケーブルはかなり長いのだろうね。

 たまには写真を入れたいと思うが、理咲ちゃんも持っていないので、インターネットで探してみることにしよう。
ここなら、橋の様子が分かるだろうか。
 http://www.city.tokushima.tokushima.jp/kankou/kennnai_kankouchi/syuuhen/iya/iya5.html

 理咲ちゃんにはせめて、東京・武蔵野と徳島・祖谷渓との距離と位置関係をしっかりつかんでおいてほしいと思う。
できれば、かずら橋の素材と歴史も。

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『ヨセミテ国立公園』(小5 大熊誠一郎)

 誠ちゃんはニューヨーク近郊で生まれ、6歳まで当地で過ごしたという。
 ヨセミテはサンフランシスコの東方、カリフォルニアとネヴァダとの州境にある。
 写真を撮ってきてある。スケールの大きな美しい写真もお目にかけよう。

はじめの作文 添削例・諸注意
 7月22日、ヨセミテ国立公園に行った。その前にお店で野菜や肉、おかしなどいろんな物を買った。車に乗っていると中に牛や畑がいっぱいあった。木も何もないさばくみたいな所もあった。5時間もかかったから2時間ぐらいはねた。
 ヨセミテに近づくと、だんだん木がふえてきて、だんだん道が上がっていった。森の中に入ると長い木がいっぱいあった。森の中でしかを見た。熊も見たかったけど、出なかった。ゲストハウスに行って、カギをかりた。そこからあまり遠くない所に家はあった。家の中に入ると、いろんなボードゲームがおいてあった。テレビもあった。れいぞうこが大きかった。大きいベッドが2つ、ソファーベッドも2つ、ふろが2つ、トイレも2つと、だいどころもあった。テレビのチャンネルがすごく多かった。何を見ればよいのかわからないくらい多かった。その日はにもつを家に入れてテレビを見てごはんを食べてねた。

 2日目は朝早く起きてハイキングに行った。今日のハイキングはたきは見ないけどでかい木を見る所だった。3時間コースだった。いっぱいでかい木があった。たおれている木もいっぱいあった。歩いているときに空を見たら、見たこともない青い空だった。すごいきれいだった。3時間コースは小さいミュージアムの所までだったけど、姉が「もうちょっと行こうよお」と言ったから、もうちょっとだけ行った。またもどってきて、さっき歩いたコースとはちがうコースに行った。さっき行ったコースはほとんどまっすぐだったけど、こんどのコースはぐねぐねだった。でかい木は二千年ぐらい生きている。今日はたくさん歩いてつかれた。

 3日目は滝を見るハイキングだった。ほんとうは行きたくなかったけど、しかたがないから行った。川にそって歩いた。その道に人がいっぱいいた。その道は上に行ったり下がったりしていた。あまり急じゃないのにつかれる。きゅうけいする場所ですごいつかれた。ぼくは「すごいつかれたから、もう行かない」と言った。お母さんが「もし滝のちょうじょうまで行ったら何か買ってあげる」と言ったから、ぼくは「じゃ、行く」と言った。ぼくが一番つかれていたのに一番歩くのが早かった。歩いているとちゅうでしぶきがかかって気持ちよかった。ちょうじょうについて下を見たらすごかったし、きれいだった。水もすごいつめたかった。5分くらいそこにいた。帰るときにすべるかもしれないからこわかった。帰るときもぼくが一番早かった。

 4日目はサイクリングをやった。滝を見に行った所にサイクリングする場所があった。いろんな所に行って、いろんなものを見た。ハーフドームを見た。馬も見た。4時間か3時間ぐらいやった。きのうもおとといもハイキングして今日サイクリングもしたから今日が一番つかれた。

 5日目は、川でおよいだ。すごいつめたい水だった。川の中で目をあけたら目がぜんぜんいたくなかった。3時間か2時間くらいいた。ヨセミテはあしたで終わりだから、ちがう所に行く準備をした。ごはんを食べてねた。

 6日目は朝早く起きて、ヨセミテを出た。ヨセミテはハイキングしたりしておもしろかった。
  
※ どこから出発したかを書いておこう。
← 牧場や畑が

← 2時間ぐらいはねていた。












← 荷物を家に入れて、テレビを見て、ごはんを食べて、ふろに入って、ねた。

← 滝は見ないで、でかい木を見ることだった。
※ この「でっかい木」のことを、どのくらい大きいかわかるように、くわしく書いてみよう。
←※「もうちょっと歩いた」ことは省いてもよい。その代わり、空の青さのことをもっとくわしく書いてみよう。







※ ロッジから歩いていったのかな。

← すごくつかれた。

← 滝の頂上


← 歩くのが速かった。

※ 何という滝なのだろう。有名なヨセミテフォールなのかな。
  滝のそばまで行けたのなら、そのことを書いてみよう。

※ 見たものをいくつか挙げて、その中でいちばんおもしろかったものをくわしく書いてみよう。
 「ハーフドーム」って何だろう。馬は牧場のような所にいたのかな。




※ プールのような川なのかな。

 この旅は、お父さん、お母さん、お姉さん2人といっしょの家族旅行で、
まずロサンゼルスに降りて、ヨセミテにはその数日後に出かけたということだ。

 作文は2日分くらいずつ書いて、直したり書き足したりしながら、書き継いでいった。
ひととおり書き終えるまでに1か月くらいかかっている。
 写真は本文の右の欄から、どうぞ。

書き直した作文
 7月22日、ロサンゼルスからヨセミテ国立公園に行った。その前に、お店で野菜や肉、おかしなど、いろんな物を買った。車に乗っていると中、牧場に牛がいっぱいいた。畑もいっぱいあった。木も何もないさばくみたいな所もあった。5時間もかかった。2時間ぐらいはねていた。
 ヨセミテに近づくと、だんだん木がふえてきて、だんだん道が上っていった。森の中でしかを見た。熊も見たかったけど、出なかった。ゲストハウスに行って、カギをかりた。そこからあまり遠くない所に家はあった。家の中に入ると、いろんなボードゲームがおいてあった。テレビもあった。れいぞうこが大きかった。大きいベッドが2つ、ソファーベッドも2つあった。ふろが2つ、トイレも2つと、だいどころもあった。テレビのチャンネルがすごく多かった。何を見ればよいのかわからないくらい多かった。
 その日はにもつを家に入れて、テレビを見て、ごはんを食べて、ねた。

 2日目は朝早く起きてハイキングに行った。今日のハイキングは、でかい木を見ることだった。3時間コースだった。でかい木がいっぱいあった。それはセコイアという木で、幹の回りで人が手をつなぐと、10人はかかりそうなぐらい太い。高さは90メートルぐらいあるということだ。2000年ぐらいたっているらしい。たおれている木もいっぱいあった。
 歩いているときに空を見たら、見たこともない青い空だった。空のずっと遠くまで青いという感じだった。すごくきれいだった。

 3日目は滝を見るハイキングだった。つかれていたので、ほんとうは行きたくなかったけど、一人でいるのは不安なので、しかたなくついて行った。バスに乗せてくれた。20分くらい乗った後、川にそって歩いた。その道には人がいっぱいいた。その道は上がったり下がったりしていた。あまり急ではないのにつかれる。休けいする場所ばたんと座った。ぼくは「すごいつかれたから、もう行かない」と言った。お母さんが「もし滝の頂上まで行ったら、何か買ってあげる」と言ったから、ぼくは「じゃ、行く」と言った。滝は休けい所から見えていた。ヴァ−ナルフォールというらしい。 ぼくが一番つかれていたのに、歩くのが一番速かった。歩いていると中、しぶきがかかって気持ちよかった。頂上に着いて下を見たら、たくさんの水がどっと落ちていてすごかったし、きれいだった。水にさわれる所があったので、行ってさわると、すごく冷たかった。5分くらいそこにいた。もどるとき、すべるかもしれなかったからこわかった。
 帰るときもぼくが一番速かった。

 4日目はサイクリングをすることになった。昨日と同じ場所にサイクリングする所があった。公園の中のサイクリングロードを通りながら、いろんな所に行って、いろんなものを見た。ハーフドームを見た。遠くからヨセミテフォールも見えた。川で足をつけて遊んだ。いい気持ちだった。お昼ごはんは、手作りのハムサンドウィッチを川べりで食べた。3時間か4時間ぐらい自転車でまわった。
 きのうもおとといもハイキングして、サイクリングもしたから、今日が一番つかれた。

 5日目は、ロッジの前の川で泳いだ。川で泳ぐのは初めてだ。石だらけで、つるつるすべってあぶなかった。大きな岩まで泳いでいって、岩からすべりだいのようにすべりながら川に入った。おもしろかったから、何回かすべったが、水があまりにも冷たかったから、ずっとは入っていられなかった。川の中で目をあけた。でも、目がぜんぜんいたくなかった。2時間か3時間くらい、そこで遊んだ。
 ヨセミテはあしたで終わりだから、ちがう所に行く準備をした。ごはんを食べてねた。

 6日目は、朝早く起きて、ヨセミテを出た。
 ヨセミテは、ハイキングやサイクリングをして、とてもおもしろかった。また行きたい。
























◎「でかい木」(ジャイアントセコイア)の写真はこちらへ。




















◎「ヴァ−ナルフォール」の写真はこちらへ。










◎「ハーフドーム」の写真はこちらへ。 

 「つかれた、つかれた」と言いながらも、結局は楽しかったのだ。
作文でも同様だったが、4日目、5日目のことをよく思い出して、いい話を書いた。
書くのも楽しかったのだろう。

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『カタリナ島キャンプ』(小6 小野勇太郎)

 勇太郎くんは「ワールド・ベースボール・クラシック」のサイトでおなじみであるが、
ユニークな生活をしているので、いきおい登場回数が多くなる。
今回は「修学旅行」についてである。
 修学旅行がキャンプというのは変わっているが、今回はユニークな作文にもなった。

はじめの作文 添削例
 3月12日から16日までカタリナ島に学校の修学旅行に行きました。6年生ほぼ全員100名と先生2人でニューポートビーチに朝集合して島までは船で2時間かかりました。カタリナ島のアバロンに着いてから、また小さな船で同じ島内のトーヨン湾に行きました。カタリナ島はロスアンゼルスからも2時間で行ける観光地です。でも、ぼくたちの泊った所は「カタリナ島海の研究所」で、とても静かな所でした。寄宿舎は研究所から約5分くらいの所に点在していました。キャビンには約20人入ります。部屋は3人部屋と10人部屋がありました。もちろん男子と女子は別々でした。
 朝6時に起床し朝食を食べてからいろいろなアクティビティーをしました。例えばシュノーケリングやカヤッキングや海洋動物の説明をしてもらったりボートに乗りました。夜は夕食を5時に食べた後、またシュノーケリングをしました。9時に寝るまでとても忙しい一日でした。 
← 修学旅行でカタリナ島に
※ 7行目の「カタリナ島は……」の文を2行目に持ってくる。そして、「6年生……」の頭に「朝、」を付けて改行する。
← ……トーヨン湾に行きました。ぼくたちの泊まった所は……


※「約5分」か「5分くらい」のどちらかに。


← 次の日は朝6時に起床し、

← ……カヤッキングのほか、海洋動物の説明をしてもらったりボートに乗ったりしました。
※ シュノーケリングがずいぶん楽しかったようだ。どんなところが楽しかったのだろう。海の中の風景なども書き加えよう。
※ 3日目、4日目のこともしっかり書こうね。

 楽しい様子を具体的に書いてくることを期待したのだが、続きがなかなか届かない。
1か月ぐらいたって届いたのは、まったくスタイルを変えたもので、しかも、英語訳が付いていた。
 もしかすると、学校でレポートとして提出したものを日本語に訳したのかもしれないが、
両方とも直すところがほとんどないので、両方を対訳の形で掲載しよう。

書き直した作文 その英文
 ぼくは3月12日から16日まで、カタリナ島の海洋研究所に、6年生全員と2人の先生と行きました。すべて楽しい1週間でしたが、特に3つのことが心の中に残っています。

 第一に、ぼくはゆっくり泳いでいる、たくさんの種類の魚を観察することができました。魚はカラフルで、とても美しかったです。ブラックスミス、トップスメルト、オーパレーという魚たちはカタリナ島にしかいないそうです。

 第二に、シュノーケルをしたことです。天気はよかったけれど、少し寒いと感じました。しかし、ぼくたちはウェットスーツを着ていたので、暖かくなりました。その時、ぼくはエイを発見して興奮しました。

 第三に、カヤックをしたことです。カヤックをこぐのはむずかしかったですが、慣れると、他のスポーツのように楽しくなりました。

 カタリナ島のキャンプはぼくの人生の良い経験になりました。たくさんの生物が太平洋でたくましく生きていりことに深く感動しました。ぼくは将来、神秘の海を調査したいと思います。 
 I went to the Catalina Island Marine Institute with my 6th classmates and two teachers from March twelve to sixteen. I enjoyed everything ; especuially the following three things were impressive.

 The first thing was that I could observe many kinds of fish moving slowly. They were very colorful. They were Blacksmiths,Topsmelt and Opaleye.

 The second thing I did was snorkeling. The weather was good,but I felt a little bit cold. We wore wetsuits which made us warm. When I saw a Bat Ray,I was very excited!

 The third we did was kayaking. It was hard to paddle a kayak, but it was fun for me to try paddling like other sports; baseball batting,table tennis and tennis.

 Science camp in Catalina Island was a good experience for my life.I was impressed that many creatives live strongly in Pacific Ocean. And I aiso would like to investigate the mysterious sea in the future.

 英文も読みやすく分かりやすい。ということは、内容がこなれているということである。

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『ハワイのそろばん教室』(小5 馬路ひなの)


ひなのさんは埼玉県に住んでいる。
夏休みに、こんな作文がファクスで届いた。

はじめの作文 添削例・諸注意
 わたしは今、夏休みでハワイにいます。ハワイに来たのはこれで2回目です。わたしはそろばんを習っていて、そろばんの先生のまたその先生がハワイでそろばん教室を開いています。前回その教室に行ったので、今回も行くことにしました。
 そのそろばん教室に行くと、先生達が笑顔で迎えてくれました。この教室でびっくりしたことがあります。それは、わたしのそろばん教室では大きなかばんにそろばん、筆記用具、練習帳など大荷物で来るのですが、この教室はそろばんだけ持ってきます。わたしは、大荷物ではなくそろばんだけなので、いいなと思いました。
 その日はわたしも参加して、日本でするのと同じかけ算と見取り算、読み上げ算、伝票算をしました。ハワイの生徒さんはいっしょうけんめい練習していました。その姿を見て、わたしは感動しました。
 そろばんは日本のものなので、日本人として、ハワイの人に負けないようにがんばろうと思いました。 


← わたしのそろばんの先生の、そのまた先生がハワイで……




← それは、……練習帳などを入れて、大荷物で来るのですが、この教室ではそろばんだけ持ってくることです。 


教室のたたずまいや生徒の人数、言葉のことなど、
もっと詳しく書いてもらおうとしたのだが、
海遊びのほか、英語の勉強も忙しかったようだ。

帰国してから、次のような作文が届いた。
題して「ハワイの学校」

はじめの作文 添削例・諸注意
 わたしは夏休みにハワイに行き、1週間だけ現地の学校に行きました。その学校は、はじめは日本人学校だったそうで、校長先生は日本人です。今は、現地の子が日本語を習うクラスと、日本から来た観光客が英語を習うクラスの2つがあります。わたしは、日本から来た観光客が英語を習うクラスに入りました。生徒は30人くらいです。
 午前中は英単語のスペルを覚えたり、英会話をしたり、文の組み合わせを覚えたりし、午後はうちわを作ったり、ダンスをしたり、公園で遊んだりしました。
 単語の勉強では、水色や黄緑など、うすい色はライトブルーやライトグリーンなど、ライトを付けることをはじめて知りました。わたしは文の組み合わせが全くわかりませんでした。「どうしよう」という顔をしていたら、先生が気づいてくれて、「わかる?」と聞かれたので、「わからない」と言ったら、先生が「だいじょうぶよ」と言って、教えてくれました。
 ハワイの学校では日本人の友だちもできました。その子と手紙をやり取りするために、住所を教え合いました。
 先生たちがとってもやさしくて、みんなもおもしろくて、1週間があっという間でした。





← わたしは、もちろん英語を習うクラスに……



← 文の作り方を習ったりし、




← わたしは、文の作り方で単語の組み合わせ方が全く……


ユニークな体験をしたものだ。

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「修学旅行」… 北海道  (小5 金城紀一)

紀一くんは沖縄に住んでいる。
沖縄の子たちは、修学旅行ではどこに行くのだろうと
思っていたら、
なんと、北海道だった。


  ○ はじめの作文

はじめの作文 添削例・諸注意
 ぼくは、1月9日から13日まで修学旅行で北海道へ行きました。4泊5日で札幌市に行きました。朝5時に起きて、8時の飛行機に乗り、羽田で乗りかえて、新千歳に1時に着きました。
 最初に羊が丘展望台に行きました。雪がっせんをしたり、かまくらを作りました。かまくらに1人が入ったとたん、すぐにこわれてしまいました。残念でした。
 次に、スキー場へ行きました。最初はずっと練習でつまらないなと思っていましたが、午後はずっとすべれたのでよかったです。次の日もずっとすべれました。
 その次には、モエレ沼公園でそりすべりをしました。高い所にそりをもっていってすべりました。最高でした。次に、雪だるまを作りました。小さい雪から大きい雪へと転がしていったら、1メートルもある雪だるまになりました。さわった雪は粉みたいでした。なので、雪だるまをつくるときは水でかためて作りました。
 友達みんなといっしょだったので、すごく楽しい修学旅行でした。
← ぼくたちは、

※ 「朝5時に……」で改行。

← 札幌の羊が丘展望台に
← かまくらを作ったりしました。

← ○○スキー場へ
← 午後はずっとすべれました。雪の上をすべるのはとてもいい気持ちです。
← 3日目は、
※ どんなふうに最高だったのかな。「最高」という言葉を使わないで、最高の様子を書いてみよう。
← ……みたいでした。だから、雪だるまを……


北海道では雪遊びしかしなかったのかな。
せっかく5日も行っていたのだから、もっといろいろ詳しく書いてみよう
と、アドバイスする。
ホームページには『修学旅行・三部作』があって、
書き方の参考になるから、見ておこうということも付け加える。

紀一くんは400字程度で書けばよいと思っていたようで、
それならばと、書き直しに取りかかった。



 書き直した作文
@ 1・2日目

@ 1・2日目 添削例・諸注意
 ぼくたちは1月9日から13日まで、修学旅行で北海道に行きました。
 朝5時に起きて、8時の飛行機に乗り、羽田で乗りかえて、新千歳に1時に着きました。
 最初に、札幌の羊が丘展望台に行きました。雪がっせんをしたり、かまくらを作ったりしました。かまくらに1人が入ったとたん、すぐこわれてしまいました。残念でした。
 次に、札幌ドームに行きました。球場はすごく広く、高さが60メートルもあって、びっくりしました。有名な選手のサインが天井にはってあったので、うれしくてカメラでとってしまいました。
 それから、アパホテルに行きました。みんな汗や雪だらけだったので、部屋に入るとぬれたものをぬいで、ベッドにねっ転がってくつろいでいました。
 夕食はバイキングでした。いろいろとって、みんなとおしゃべりしながら食べました。友達の一人が「今からしゃべったら、ラーメン1ぱい食べてよ」と言いました。みんなそれに賛成して、10分間しゃべらないようにがまんしていました。ぼくはラーメンをとりに行きました。自分の席にもどろうとしたとき、まちがえて熱いところをさわってしまって、「あちっ」と言ってしまいました。それで、もう1ぱい食べることになりました。でも、かんたんに2はい目も食べられました。
 夕食を終えて、大浴場に行きました。最初はすぐ湯に入ってあったまり、露天風呂に行きました。湯船の周りに雪が積もっていたので、かたに雪をのせて、じっとししていました。サウナにも入りました。汗をかいてあったまりました。

 2日目の朝、朝食を食べて、札幌の藻岩山のスキー教室に行きました。午前中はずっと、ブレーキや歩き方の練習で、おもしろくないなと思っていましたが、それが練習になり、午後はうまくすべれました。すべっている間は気持ちよく、楽しくなります。
 次に、札幌のテレビ塔に行きました。テレビ塔は約100メートルあり、下では大通公園がきらきらしていてきれいでした。
 夜になって、地下鉄に乗ってラーメン共和国に行きました。グループで相談して、おいしいと思う所に行きました。そして、こってりナンバーワンの札幌みそラーメンを注文しました。すごくおいしくて、もう1ぱい食べたいと思いました。
 それからホテルに帰って、大浴場に行きました。最初は露天風呂に行って、3分間ぐらいねっ転がっていました。そのあと、サウナに行って10分ぐらいくつろいでいました。








○ 札幌に行ったら、ここには行かなくてはね。




○ 先にふろに入れてくれるとよかったのにね。

















← 歩き方やブレーキのかけ方

← いい練習になり、


行った先々のことが具体的に書かれているので、様子が思い浮かぶ。
ユーモアもあって、旅行の楽しさが伝わってくる。



A 3日目

A 3日目 添削例・諸注意
 3日目の朝、朝食を食べて、スキー教室に行きました。最初に少し練習して、すぐすべりに行きました。リフトに乗って頂上へ行き、林間コースを通って中級コースに行きました。中級コースは約20度です。ブレーキをかけないと転んだり、林の中につっこんだりするので、ブレーキをかけながらすべりました。慎重に体重をかけないといけないので大変だったけど、最後はブレーキをかけないですべりました。何回もすべりました。スリル満点で楽しかったです。
 午後は、オルゴールを作るために、小樽へ行きました。作るときに1000円の飾りを買いました。細長い板の上にしばふをしき、小さい人形を置きました。くっつけるのはむずかしかったけど、きれいにできました。曲は「アンパンマンのマーチ」にしました。音もきれいでした。
 夜になって、ガトウキングダム札幌というホテルに行きました。部屋に入って、びっくりしました。テレビが大きくって、ベッドも2つありました。夕食はバイキングでした。ぼくはカニとポテト、ローストビーフ、スモークサーモン、ミニミニみそラーメン、ワイン系のシャブシャブをお皿いっぱいに取りました。みんなとおしゃべりしながら食べました。一番おいしかったのはシャブシャブでした。
 夕食を終えて、大浴場へ行きました。風呂はびっくりするほど広くって、迷子になりそうなほどでした。最初にジャグジー風呂に入りました。ブクブクあわが出ていて気持ちよかったです。露天風呂に行って、空を見上げて、降ってくる雪を食べながら楽しみました。塩サウナにも入りました。あせがだらだら出て、熱かったけど気持ちよかったです。



← 中級コースは斜度が約20度です。



← スリル満点でした。


※ ふたの上にかざりを付けたということかな。また、どんな人形なのだろう。














← 空を見上げて口をあけ、降ってくる雪を食べました。


スキー、オルゴール、バイキング、露天風呂と、楽しさの連続だったようだ。。



B 4・5日目

A 4・5日目 添削例・諸注意
 4日目の朝、朝食を食べて、姉妹校の札幌三育小学校へ行き、ぼくたちの沖縄三育小学校と交流しました。みんな照れていましたが、ゲームをしたり、おしゃべりしているうちに仲良くなって、昼食の時には楽しく食事ができました。
 午後は、札幌モエレ沼公園へソリすべりをしに行きました。ここは元ゴミ山だった所に草を植えてできた人工の山だそうです。高さが50メートルもあり、そこを登りました。リフトがないので、登るのがすごくきつかったです。最初はブレーキをかけながら少しずつすべって行きました。2回目にはブレーキをかけないですべりました。ものすごいスピードが出るので、スリル満点で楽しかったです。
 すべった後は、下の広場で雪だるまを作りました。せが高く、横はばが広い雪だるまを作りました。おやじみたいで、みんなわらっていました。カマクラも作りました。雪をソリに入れる係、運ぶ係、山を作ってかためる係など、役割を分担して、一生懸命作りました。15分ほどで、2人くらい入れるカマクラができました。みんな手や顔を真っ赤にしていました。
 ホテルに帰って、すぐ温泉プールに行きました。プールの中を1周したら体が温まったので、ウォータースライダーをしに行きました。長いスロープをすべるのが楽しくて、何回もすべりました。

 5日目の朝、朝食を食べてホテルを出発しました。
 新千歳空港に着いて、北海道名産や北海道限定のおかしを買い、飛行機に乗りました。羽田で1時間休んで、沖縄行きに乗りました。飛行機の中ではみんな眠そうにしていました。
 那覇空港に着くと、みんなの家族が待っていました。なつかしいような、ほっとした気分でした。もう1泊してもよかったと思いました。
 この旅行で、みんながリーダーに協力したり、スキーや食事をいっしょに楽しんだりしたので、クラスがよくまとまりました。6年生になっても、みんなと北海道に行きたいです。


← ゲームをしたり、おしゃべりしたりしているうちに








← スリル満点でした。(※ スリル満点で、みんなわあわあ、きゃあきゃあと大さわぎでした)。
← 横はばが広い雪だるまになってしまいました。

※ 自分は何の係をしたのかな。
















← 6年生になっても、このクラスで旅行がしたいです。

名所旧跡の見学もよいが、こんな修学旅行があってもよいという例だろう。
それでも、故郷に帰れば、やはりほっとするようだ。


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「世界の食べ物」(小5 馬路 陶子)

8−@−1 「ロコモコ」(ハワイ)

添削例
 夏休みにそろばん大会でハワイに行ったとき、わたしはハワイの食べ物についていろいろ知ることができました。ロコモコやファストフードを食べたほかに、「スターバックス」にも行きました。
 2日目に、アメリカのオバマ大統領が高校生の時によく行っていたという「レインボードライブイン」に行きました。そのお店で、ハワイを代表する人気料理の「ロコモコ」を食べました。ご飯の上にハンバーグと半熟の目玉焼きがのっていて、その上にグレイビーソースというデミグラスソースににた味のソースがかかっています。「ロコモコプレート」という、セットのものがありますが、それだと、とても量が多いので、わたしはサイドメニューの、ふつうのロコモコにしました。味は、たまごとハンバーグとソースの相性がよくて、おいしかったす。サイドメニューでも量が多くて、おなかいっぱいになりました。
 ファストフードのお店にもよく行きました。「バーガーキング」や、日本でおなじみの「マクドナルド」には4,5回行きました。どの店も日本に比べて量が多く、味はよいのですが、あまい感じでした。アメリカ人に肥満の人が多いのは、ファストフードをたくさん食べているからだと思いました。
 「スターバックス」にも行きました。この店は日本でもよく見かけますが、おどろいたのはサイズです。わたしは「キャラメルフラペチーノ」という、キャラメルとホイップクリームがたくさんのっている牛乳を注文しました。一番小さいのを頼んだのですが、日本のMサイズぐらいのが出てきました。それでも値段が安く、味もまあまあでした。
 ハワイに行って、日本とアメリカの食べ物の量と値段の違いが分かりました。ハワイには他にパンケーキやトロピカルフルーツ、アサイボウルなど、おいしそうなものがたくさんあるので、今度行ったときにそれらを食べようと思います。
















← ……相性がよくて3つの味が混ざり合っておいしく、どんどん食べていきました。


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8−@−2 「ゲータレード」(ハワイ)

添削例
 7月の終わりから8月の初めにかけて、そろばんのコンテストのためにハワイへ行きました。その中で、ゲータレード(gatorade)という飲み物が心に残りました。これは、アメリカでよく売られているスポーツドリンクです。
 3日目の夕方、ハワイでそろばんを習っている子どもたちとバスケットボールをしました。その時に配られたのが、ゲータレードです。飲み物を配るのはよくあることですが、ゲータレードはふつうの飲み物とサイズが違いました。ボトルが太く、手で持っていると腕が痛くなってしまうくらい重く、中身は青い色をしていました。私は白いスポーツドリンクを想像していたので、その色を見て飲む気がなくなりました。体に悪そうに見えたからです。ところが、ハワイの子どもたちがうれしそうにグビグビ飲んでいたので、おそるおそる飲んでみました。すると、少し甘くて、薬のような味がしました。においがきつく、私には少し苦手な味でした。汗をかいてのどが渇いている時には体によいようでしたが、日本のポカリスウェットやアクエリアスの味とは全く違う味に思えました。
 ハワイの子どもたちがたくさん飲んでいるのを見て、国の違いを感じ、他の国のスポーツドリンクも飲んでみたいと思いました。

日本との違いを感じることが、海外体験のよいところなのだね。

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8−@−3「アサイボウル」(ハワイ)

添削例
 中2の7月の終わりから8月の初めにかけて、そろばんのコンテストでハワイへ行きました。その時に、ハワイで有名な「アサイボウル」を食べました。
 私はそれまで4回ハワイへ行きましたが、アサイボウルは一度もたべたことがなかったので、ずっと食べたいと思っていました。ハワイへ行く前から、ホテルの近くの店をネットで探していました。
 調べたお店はホテルから歩いて15分ぐらいの所にあり、朝の6時から開いているということだったので、2日目の朝、5時半に起きてお店に行きました。朝が早かったので、少し寝ぼけていたけれど、ハワイの早朝は昼間ち違い、車や人が少なく、鳥の鳴き声が響いていました。風がとても気持ちよく、木々が光って見えました。地図を見ながら朝のウォーキングを楽しんでいると、知らない間に「ボガーツ・カフェ」というお店に着いていました。そこは現地の人もよく行くお店だそうです。
 お店に入ると、観光客は一人もおらず、メニューは英語だけでした。私は迷わずアサイボウルを注文しました。5分くらい待つと、どんぶりのような大きなボウルが出てきました。アサイはペーストになっていて、濃い紫色でした。最初にアサイを口に含んでみると、少しザラザラしていて、ほんのりと苦く、甘味があっさりしていました。ストロベリーといっしょに食べてみると、ストロベリーの甘さが広がり、味がまろやかになりました。すると、苦みと甘さのミックスされた味にすっかり夢中になり、あっという間に食べ終わっていました。
 アサイボウルを食べて、素敵な1日のスタートが切れました。























← アサイはブルーベリーのような果物で、ここではペースト状に……

〇 ボウルにはイチゴの他、バナナやアボカド、パイナップルなど、いろいろな果物が入っていて、その上にアサイのペーストがかかっているんだね。

アサイボウルはブラジルで生まれて、
ハワイで広まったのだそうだね。

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  8−A 「山盛りフルーツ」(インドネシア)

添削例
 4年生の夏、家族でインドネシアのビンタン島に行きました。私たちが泊まったホテルはバイキングレストランで、料理は食べ放題でした。
 私はフルーツが大好きで、好きな食べ物を聞かれると、いつも「フルーツ」と答えていました。そのホテルにはいろいろな国の料理があって、デザートもたくさんありました。かん国料理やブラジル料理など、その国のデザートも何種類かありました。デザートコーナーにはアイスクリームやマカロン、ケーキなどがあり、朝はヨーグルトが氷の上に山積みになっていました。そして、一番目立つ所に山盛りのフルーツがありました。パイナップルやオレンジ、グレープフルーツ、グレープ、パパイヤ、メロン、スイカ、ブルーベリーなどが、取りやすいようにきれいに並べてありました。私はこれを見て、夢の楽園にいるような気分になりました。フルーツの中で一番好きなマンゴーは季節の関係でなかったけれど、私はグレープフルーツ、パイナップル、オレンジ、スイカ、メロン、ブルーベリー、グレープをお皿いっぱいに盛り上げて、1つ1つほお張っていきました。グレープフルーツはほんのり苦く、すっぱい味がして、グレープは種なしで、皮ごと食べられてパリッとしていました。食べていると、とても幸せで、夢の世界にいるような気がしました。
 インドネシアのこのホテルでまたフルーツを食べて夢の世界に飛び込みたいです。

← ……ホテルのレストランはバイキング式で、料理は……



← 韓国料理



















← あのホテルで


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  8−B−1 「小龍包」(ショーロンポー)(香港)

添削例
 春休みの3月29日から4月1日まで、母と姉と3人で、中国の香港に行きました。香港に行くのは初めてで、どんな都市か、とてもワクワクしていました。香港で一番思い出に残ったのは料理です。
 1日目に「ディンタイフォン」という飲茶料理のお店に行きました。この店は、毎日行列ができる有名なお店で、1つ1つの料理がとてもおいしいと評判です。このお店では、自分が頼みたいものにチェックをします。日本語のメニューもあって、かんたんに書き込めました。私たちは小籠包や空芯菜のガーリックいため、エビわんたん、たまごのチャーハンなどを頼んで、3人で分けて食べました。この中で、小籠包や空芯菜のガーリックいためが心に残りました。
 小籠包は丸いギョウザのようなもので、中にひき肉が入っています。ギョウザより皮が厚くて、もちもちしています。テーブルには日本人用に小籠包の食べ方のシートがあります。小籠包は、とがった上の部分をつまんで、そのままたれにつけ、レンゲの上に載せて食べます。中の肉汁がとても熱く、私は舌をやけどしてしまいました。小籠包の上にショウガをのせて食べると、ショウガと小籠包が口の中で重なって、少ししょっぱかったです。
 空芯菜のガーリックいためは、見たこともない野菜が入っていたので、最初は気が向かなかったけれど、一口食べてみると、小さいニンニクと空芯菜が合っていて、手が止まらなくなりました。
 香港では他にも、マンゴーパンケーキやエッグタルトなど、いろいろなものを食べました。香港では何を食べてもおいしいので、また香港に行って、もっといろいろなものを食べ歩きたいと思います。





○ 飲茶ーヤムチャ


← このお店では、オーダーの用紙があって、自分が……

○ 空芯菜ークウシンサイ

「ディンタイフォン」と打ち込むと、「鼎泰豊」と出てくる。
よほど有名な店のようだ。

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8−B−2「エッグタルト」(香港)

添削例
 クリスマスに母と祖母、姉と私の4人で、香港とマカオへ旅行に行った。「聖ポール天主堂跡」などの世界遺産を見たり、市場へ行ったり、中華料理を食べたりした。その中で、マカオで食べたエッグタルトが心に残っている。
 エッグタルトは、マカオがポルトガルの植民地だった時代に、マカオにいたヨーロッパ人が生み出したスイーツで、マカオや香港で有名だ。ただ、エッグタルトはマカオと香港ではパイ生地と焼き加減が異なる。そもそもエッグタルトは、パイの上に卵でできた甘いプリンが載っていて、すぐに食べられる人気のスイーツだ。私は3年前に香港に行った時に食べたことがあったので、マカオのエッグタルトと食べ比べをしたいと思っていた。香港のエッグタルトはパイがクッキーみたいで、プリンは鮮やかな黄色で、甘さ控え目だった記憶があった。
 マカオのタイパという島に行った。人が大勢集まる街に、行列のできた店があった。エッグタルトのお店だった。私はすぐに行列に並んだ。マカオで初めての買い物だったので緊張したけれど、店員のおばさんが私を日本人だと分かった様子だったので、安心した。エッグタルトを2つ注文すると、おばさんはエッグタルトをがさつに紙袋に入れて、投げてよこした。そのがさつな感じが日本では絶対に見られないので、少し気に入った。エッグタルトはプリンにこんがり焼き色がついていて、暖かかった。、一つを姉に渡して、ほおばると、サクッとパイが音をたてて、ほんのりバターの香りが広がった。口に入れた瞬間、黄色い空の下で日向ぼっこをしながら食べている気分になった。気がつくと、エッグタルトを食べ終えていた。
 その後、香港でもエッグタルトを食べたが、マカオのほうがおいしかった。
※ 香港はイギリスの、マカオはポルトガルの植民地であったが、現在は中国(中華人民共和国)の特別行政区になっているんだね。

「マカオへまた行きたい」と書きたいところだろうが、
話はここで打ち切るほうがいいね。

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8−B−3 「ガイダンジャイ(鶏蛋仔)」(香港)

添削例


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8−C−1「サムギョプサル」(韓国)

4つの韓国料理探訪は、鳥観図方式で書かれている。
つまり、
4つの話はそれぞれ独立の読み物となっているのである。

添削例
 4月の初めに、母と姉と母の友人、それに私の4人で、韓国へ旅行に行きました。1日目にサムギョプサルを食べました。これはぶたのばら肉の焼き肉のことで、鉄板の上で焼いて食べます。お肉は一口サイズに切ってありました。
 この日は、着いたばかりだったので、若者が集まる「明洞」という街に行きました。日本の原宿のような街です。夕方になって、そろそろお腹がすいてきたので、たまたま通りかかった、いいにおいのするお店に入りました。サムギョプサルを注文すると、お肉の前にキムチやナムル、ネギのあえものなどの前菜が出てきました。キムチやナムルは日本のものよりも辛かったです。前菜をつまんでいると、主役のお肉が出てきました。甘辛のタレにつけて鉄板で焼きます。表面が少し白くなったら、裏返します。焼きたてであつあつのお肉を口に入れると、香ばしさといっしょに、お肉の旨みが口の中にじわっと広がりました。お肉はやわらかくて、葉っぱの野菜といっしょに食べると、手が止まらなくなりました。
 サムギョプサルを食べたのは初めてですが、きっと、本場で食べたからおいしかったのだと思います。

鳥観図方式については、こちらの「社会科作文3」へ。

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8−C−2「カンジャンケジャン」(韓国)

添削例
 4月の初めに、母と姉と母の友人、それに私の4人で、韓国へ旅行に行きました。2日目に、カンジャンケジャンを食べました。これは脱皮したばかりのカニのことです。
 この日は、前日にみんなでカンジャンケジャンを食べようと決めていたので、お昼になって電車でカンジャンケジャンのお店に行きました。お店に入ってすぐに4人前注文しました。1人前1匹です。カンジャンケジャンは足が人の指くらいあって、生のまま切って、お皿にのせて出てきました。足を持って食べます。甲らにはミソがたくさん入っていました。口の中へ入れると、ミソが口の中に広がり、少ししょっぱい刺身を食べているようでした。おしまいに、カニの甲らにご飯を入れて、カニの身とミソをまぜて食べました。口の中に入れると、海鮮丼のようでした。カニの味が広がって、とても幸せな気持ちになりました。
 カニを食べたのは久しぶりで、生のカニを食べたのは初めてでしたが、とろけるような味わいでした。















◎ おいしさを気持ちで表しているのがいいねぇ。

おいしさがだんだん伝わってくるようになった。

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8−C−3「サムゲタン」(韓国)

添削例
 4月の初めに、母と姉と母の友人、それに私の4人で、韓国へ旅行に行きました。2日目の夕方、サムゲタンを食べました。これは鶏肉をゆでたスープのことです。
 この日はお寺に行ったり、カロスキルという、日本でいう代官山のようなおしゃれな街へ行ったりして遊んでいたので、とても疲れていました。7時半くらいに、ホテルの近くのサムゲタンのお店に行きました。そのお店は雑誌に載っているお店でしたが、あまり混んでいませんでした。この店で一番人気だというサムゲタンを1人1個注文しました。5分くらいして、あつあつのサムゲタンが出てきました。白いスープの中に、鶏が1羽まるごと入っていて、きざんだネギがのっていました。スープを一口飲んでみると、少し塩味が強くて、体がポカポカしました。お肉をかじると、少しパサパサしていたけれど、薬味が入っていたので味がよく、おはしが止まらなくなりました。鶏肉の中にはモチ米が入っていて、コラーゲンがたくさん入っている感じでした。またたくまに完食してしまいました。
 主食がスープというサムゲタンは、日本にはあまりないので珍しく、思っていた以上においしかったです。お店を出た時は、とても元気が出ました。















← ……塩味が強くて、すぐに体がポカポカしてきました。

見た目は奇異に感じても、
料理というものは、
とにかく食べてみることが先決なのだろうな。

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8−C−4「カルビ」

日本人にはなじみの名前だが、
ありつくまでにはスリルがあったようだ。

添削例
 4月の初めに、母と姉と母の友人、それに私の4人で、韓国へ旅行に行きました。3日目のお昼に、カルビを食べました。
 母の友だちが、雑誌に載っているカルビのお店へ行こうと言うので、電車に乗って行きました。電車を降りて外に出ると、「本当にこんな所にあるのかな」と思うような、工場がたくさんある通りでした。その通りをぐんぐんまっすぐに歩いていくと、工場の中にポツンと焼き肉のお店がありました。お腹がすいていたので、おそるおそるそこへ入ると、お昼の時間を過ぎていたからか、お客さんが一人もいませんでした。牛カルビと豚カルビを2人前ずつ頼みました。カルビは、赤身と脂身が交互に混じった肉のことです。注文してすぐに、お肉の入ったボウルが運ばれてきました。その肉をお店の人がはさみで切りながら焼いてくれました。それをお店特製のニンニクのタレにつけて食べます。口に入れると、油がジワッととけて、香ばしいニンニクのタレが口の中に広がりました。肉はやわらかくてジューシーでした。
 今まで食べた中で一番おいしい焼き肉でした。こわそうな工場の通りにあった焼き肉屋でしたが、私の心を満足させてくれました。







※ どのくらいの距離を歩いたのかな。あるいは、どのくらいの時間を。








← 脂がジワッと……




← 私のお腹を……

陶子さんたちの食の旅はまだ続く。

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8−C−5「ホットク」

添削例
 クリスマスの頃、母と姉と私の3人で韓国へ旅行に行きました。そのとき、「ホットク」という韓国の菓子パンのようなものを食べました。
 2日目、仁寺洞という、日本でいうと浅草のような、昔ながらの建物や文化が残る街に行きました。そこは現地の人にも観光客にも人気で、食べ歩きができるような屋台がたくさん並んでいます。
 この日はとても寒い日で、最低気温がマイナス7度でした。仁寺洞には人が多くて、みんな白い息をはいていました。ぶらぶら歩いていると、なんだかおいしそうな甘いにおいがして、姉がホットクの屋台を見つけました。鉄板で油を使って焼いてあります。丸くてツヤツヤした茶色で、見るだけでも幸せな気持ちになりました。姉と私は1つずつ買ってみました。口に入れると、モチモチしていて、はちみつが口じゅうに広がり、あっという間に食べ終わってしまいました。日本の「おやき」に近い感じでした。焼きたてのアツアツだったので、体が温まりました。
 屋台のホットクは日本にはない味ですが、家でも作れそうなので、今度作ってみようと思います。
← 韓国のソウルへ







※ ソウルは緯度では福島市と同じくらいなのに、ずいぶん寒いんだね。

においも味も食感もよく伝わってくる。
おいしそうだ。

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ひなのさんと陶子さんは姉妹である。
同じ所へ行っても、姉と妹では興味の先が違う。
その一例を紹介しよう。

10『韓国のおばあちゃん』 (高1 馬路ひなの)

添削例
 春休みに家族でソウルに行きました。ソウルでは明洞、南大門市場、三清洞、カロスキルなどを見て回りました。二日目に私たちは旅行客に人気があるという梨花洞という街を訪れました。小高い丘の上にある階段の多い街で、「路上美術館」などがあります。建物の外壁や階段にたくさんのかわいらしい絵が描かれていて、それらを見ながら散歩ができます。
 地下鉄をおりてから、その街を目指しましたが、なかなか行き着けません。どうしようかと地図を片手に立ち止まっていると、小柄なおばあちゃんが「こんにちは」と話しかけてきました。おばあちゃんの様子から、地元の人だと分かり、日本語を話せそうだったので、私たちは地図を見せて、「ここに行きたい」と言ったところ、おばあちゃんは「いっしょに行ってあげよう」と言いました。梨花洞まではそこから200メートル以上ありましたが、とことこと先に立って歩き出しました。おばあちゃんは86歳で、今はこの街で一人で暮らしていると話してくれました。北朝鮮で生まれて、韓国の大学で教師になる勉強をし、それから教師として10年以上日本で暮らしたことがあろと言い、日本で暮らした時、みんなに親切にしてもらったから、日本人に親切にしてあげたいと言いました、また、東日本大震災の時から連絡の取れない友だちのことが心配で、日本に行きたいとも言いました。
 てくてく歩いて梨花洞に着くと、おばあちゃんは道端に座り込んで、リュックサックから紙とペンを取り出して、住所と名前を書いてくれました。私たちも住所と名前を書いて渡した後、いっしょに写真を撮りました。坂を上っていく私たちを、おばあちゃんは首を伸ばして見送ってくれました。
 帰国してから、おばあちゃんに写真と手紙を送りました。見知らぬ人とのたった一度の出会いが、私の中に温かい韓国の思い出を作ってくれました。



























← 梨花洞の上り口に着くと、







← 偶然の出会いが

国際交流というのは、ほんとうはこういうものなのだろうな。

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11『韓流ショッピング』 (高1 馬路ひなの)

その半年後、……

添削例
 12月24日から26日まで、母と妹と3人で韓国のソウルへ行きました。4月に初めて韓国に行ってから2回目になります。
 韓国では食べ物や化粧品、買い物などを楽しむことができます。ソウルでは、町を歩いていると、化粧品店が目につきます。それぞれの店員が通りに出て、試供品を配ったり、ハンドクリームを試させたりしています。店によって売っているものが違うので、私たちは事前に雑誌で、人気商品や目玉商品をチェックしておきました。
 新砂という駅の近くにある、’Nature Republic'という店に入りました。この店は、韓国のアイドルグループの「EXO(エクソ)」とコラボして、ハンドクリームとリップクリームを作っています。私も妹もエクソの大ファンで、特に妹はそのハンドクリームをどうしてもほしいと言って、必死に探し求めていました。日本では手に入れることはできないので、ハンドクリームを目の前にして、妹は大興奮でした。エクソの9人のメンバ^−それぞれの種類があるため、妹は誰のを選ぼうか迷っていました。すると、女の店員さんが来て、「どれかほしいものはありますか」と、日本語で話しかけてきました。
 まさか日本語を話せる人がいるとは思わなかったので、私たちはその人と3人で、どのハンドクリームがよいか、おしゃべりしました。彼女は半年間、東京に留学していたそうで、日本が好きで、こうして日本語で話せるのがうれしいと言いました。選び終わって、そのほかにシャンプーやリンス、アロエのジェル、口紅などを買いました。シャンプーには2種類あり、汚れを落とすものとつるつるになるものとがあると言いましたが、「汚れ」という言葉が出てこなくて、私たちが言うと、それだと言って、少し悔しそうにしていました。
 私たちはかごいっぱいに買いましたが、彼女は「これも試してみてね」と言って、顔につけるパックやオイルなどをたくさんくれました。また、エクソの写真も袋に入れてくれました。街中で道を尋ねても、ほとんど無視されて、私たちは寂しくなっていましたが、この店に入って、店員さんとはいえ、親切にもてなしてくれたので、韓国旅行の、忘れられない思い出になりました。



← ……化粧品、その他いろいろな買い物を楽しむ……




















← ……思わなかったので、うれしくなって、私たちは……










※ 「わたしたちはかご……」を前の段落につなぎ、「街中で……」で改行して締めくくる。

買い物だけでなく、心温まる思いもして、
よい旅行になったようだ。

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12.(未定)

添削例


準備中


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合掌造りの集落(富山・五箇山)