雲梯(うんてい)


3.彩ちゃん


作文ワールドU
はじめに…彩ちゃん
@ 「ブルーベリー」
A 「小平ふるさと村」
B 「むさしの線」
C 「前方倒立回転跳び」
D 「ブリジストン」
E 「丸ポスト」
F 「私たちの食べ物」
G 「命のつながり」

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3.彩ちゃん

彩ちゃんは彩香(あやか)。もうすぐ4年生になる。
このホームページには既に「図工作文」の
「ミニチュアクッキング」で登場している。こちら

彩ちゃんは題材を見つけるのがじょうずで、
「調べる」ことにも興味をもっている。

ここに紹介する@〜Gの作文はすべて3年生の時のものである。



@ 「ブルーベリー」

彩ちゃんは東京・小平市に住んでいる。

はじめの作文 添削例・諸注意
 私の住んでいる小平市では、7月くらいになると、「ブルーベリーつみできます!」ののぼりがたっているのう家をたくさん見ます。ケーキやさんでもブルーベリーのおかしを売っているのを見ます。「かむかむ」と「小平のゆめちゃん」というおかしがおいてあります。
 日本でさいしょにブルーベリーができたのは小平だそうです。さいしょはブルーベリーを食べる人は少なくて、ジャムにしてから売れるようになったそうです。となりの小金井や国分寺にないので、ふしぎでした。私はブルーベリーが大好きです。ブルーベリーをうえたこともあります。
 学校にやまねさんという人が来て、日本でさいしょにブルーベリーができたということをはじめて知りました。そこで、私はブルーベリーのことについて調べてみました。日本ではじめてブルーベリーさいばいをしたのは、小平市の「しまむらブルーベリー園」のしまむらさんです。小金井市にある東京のう工大学の先生が、せん後のアメリカからブルーベリーをもってかえってきました。そのとき学生だったしまむらさんがさいばいほうほうを自分で考えたそうです。1968年に日本ではじめてブルーベリーのう園をひらいたそうです。
 私は一度しまむらのう園に行ってブルーベリーをつんで食べたことがあります。その日は、お友だちとお母さんと3人で行きました。ブルーベリーだけではなく、ラズベリーの実もたくさんなっていて、ほうせきみたいでとってもきれいでした。のう園には、グラニューとうだけ入れてブルーベリーとまぜたジャムをうっていたので買いました。安心して食べられるように、むのうやくでさいばいしているそうです。行った日はとってもあつくて、のう園はとっても広いところだったので、つむのが大へんでした。さいばいしている人はもっと大へんだろうなと思いました。

← のぼりが立っている農園を




※ この段落の最初の文の後に、次の段落の内容をもってくる。

※ 「となりの小金井……」の文をけずる。



← ……できたのは小平だということを














※ 「のう園には……」の文とその後の文を後ろにまわして、2段落目の「私はブルーベリーが……」の文とくっつけて、しめくくりの段落を作ろう。

よく調べてある。体験とよくかみ合っている。
あとは順序を整えればよいだけである。
 

書き直した作文
 私の住んでいる小平市では、7月くらいになると、「ブルーベリーつみできます!」というのぼりが立っている農園をたくさん見ます。ケーキやさんでもブルーベリーのおかしを売っているのを見かけます。「かむかむ」と「小平のゆめちゃん」というおかしがおいてあります。
 日本でさいしょにブルーベリーができたのは小平だそうです。学校にやまねさんという女の人が来て話してくれました。そこで、私はブルーベリーのことについて調べてみました。日本ではじめてブルーベリーさいばいをしたのは、小平市の「しまむらブルーベリー園」のしまむらさんです。小金井市にある東京農工大学の先生が、戦後のアメリカからブルーベリーをもって帰ってきました。そのとき学生だったしまむらさんがさいばい方法を自分で考えて、1968年に日本ではじめてブルーベリー農園を開いたそうです。さいしょはブルーベリーを食べる人は少なくて、ジャムにしてから売れるようになったそうです。
 私は一度しまむら農園に行ってブルーベリーをつんで食べたことがあります。その日は、お友だちとお母さんと3人で行きました。ブルーベリーだけではなく、ラズベリーの実もたくさんなっていて、ほうせきみたいでとってもきれいでした。行った日はとってもあつくて、また、農園はとっても広いところだったので、つむのが大へんでした。さいばいしている人はもっと大へんだろうなと思いました。
 私はブルーベリーが大好きです。しまむら農園には、グラニューとうだけ入れてブルーベリーとまぜたジャムを売っていたので買ってもらいました。安心して食べられるように、むのうやくでさいばいしているそうです。

余談;

習った漢字は書くようにしてほしいが、書いている間は注意しないことにしている。
大事なのは中味だからである。
書き直しの段階で、ついでに覚え直してくれればよい。

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A 「小平ふるさと村」


彩ちゃんの学校では社会科見学で、よくあちこちに出かける。
彩ちゃんは見たり聞いたりしたことについて、
もっと知りたいことがあれば、せっせと調べにかかる。

はじめの作文 添削例・諸注意
 わたしは、小平のむかしのことについて調べました。なぜこんなことをしたかというと、学校の社会のお勉強で「ふるさと村」に行ったからです。
 小平では、ゆうびん局がやくにたつことをしていました。人が電話をするとき、ゆうびん局に行き、あいてとつないでもらったそうです。むかしの家のやねはわらでできていました。風がふいても、なぜやねがとばないかというと、家のまわりに大きな木をうえてあるからです。そうすると、風があまりやねにあたらないのでとんでいきません。
 せんたくをするときは、川へたらいとせんたくいたを持っていきます。せんたくいたがぎざぎざなのは、つるつるだと、よごれがおちにくいからです。いどは20m〜30mぐらいほってつくります。これは、人がもぐって何日もかけてつくるそうです。
 おふろをわかすときは、いどから水をはこびます。おふろは、木でできたはこの中に水を入れ、下にてつのかまをつけて、そこで火をたきました。おふろにはつづけて入ります。なぜかというと、すぐさめて、またわかすのが大へんだからです。おふろをたくのに2時間かかったそうです。
 むかしは火事が起きると、小さなしょうぼう車が大きな水でっぽうのようなポンプで水をかけていました。それだけではなかなか消えないので、となりの家をこわすなどしたそうです。そうすれば、火事が広がらないからです。
 ふるさと村で、むかしの体験ができて、楽しかったです。
← むかしのくらし

※ どんなものを見たのだろう。主なものを書いておこう。
← ゆうびん局がしんせつなことを













← おふろは、木でできたはこで、下にてつのかまがついています、かまの下で火をたいてわかします。







おじいちゃん、おばあちゃんが読めば、
「ああ、そうだった」と思うことばかりだろう。

書き直した作文
 わたしは、小平のむかしのくらしのことについて調べました。なぜこんなことをしたかというと、学校の社会のお勉強で「ふるさと村」に行ったからです。ふるさと村には、わら屋根の大きな家やゆうびん局、しょうぼうしょなどがあります。丸いポストもありました。
 小平では、ゆうびん局がしんせつなことをしていました。人が電話をするとき、ゆうびん局に行き、あいてとつないでもらったそうです。むかしの家のやねはわらでできていました。風がふいても、なぜやねがとばないかというと、家のまわりに大きな木をうえてあるからです。そうすると、風があまりやねにあたらないのでとんでいきません。
 せんたくをするときは、川へたらいとせんたくいたを持っていきました。せんたくいたがぎざぎざなのは、つるつるだと、よごれがおちにくいからです。いどは20m〜30mぐらいほってつくります。これは、人がもぐって何日もかけてつくるそうです。
 おふろをわかすときは、いどから水をはこびます。おふろは、木でできたはこで、下にてつのかまがついています、かまの下で火をたいてわかします。おふろにはつづけて入ります。なぜかというと、すぐさめて、またわかすのが大へんだからです。おふろをたくのに2時間かかったそうです。
 むかしは火事が起きると、小さなしょうぼう車が大きな水でっぽうのようなポンプで水をかけていました。それだけではなかなか消えないので、となりの家をこわすなどしたそうです。そうすれば、火事が広がらないからです。
 ふるさと村で、むかしのくらしの体験ができて、楽しかったです。























← おふろには家族が続けて


このあと、話は「丸ポスト」にもつながる。


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B 「むさしの線」


枕(まくら)の下から世界が広がる。

はじめの作文 添削例・諸注意
 「ゴー」と鳴って、
 「ガタガタガタ」
 昼でも夜中でも、わたしの家では電車の音が聞こえます。電車はとなりのあき地から公園をぬけて、玉川上水の下を通って走っています。この電車はむさしの線です。お客さんの乗る電車が来るときは5秒ぐらいしか聞こえないけど、か物列車が通るときはかなり長い間音が聞こえます。西国分寺駅の近くのファミリーレストランからか物列車の通るのが見えて、お兄ちゃんが小さいときに数えたら、20台ぐらいつながっていたそうです。今住んでいる家を買うとき、五日市かいどうに駅ができると、ふどうさんやさんに聞いて買ったのに、まだできません。住んでみて初めてわかったのですが、実は何十年も前から駅ができると言われていた所だったのです。そこで、わたしはむさしの線について調べることにしました。
 むさしの線は、かな川県横浜市つる見区のつる見駅から千葉県船橋市の西船橋駅までの鉄道路線です。お客さんが乗れるのはふ中本町から西船橋までです。さいしょはかもつ列車中心に走っていましたが、人口がふえてきたので、お客さんが乗る電車のほうが多くなったそうです。ふ中本町から西船橋まで約120キロメートルあります。駅は25で、か物駅は3つです。りんじ列車で「ホリデーかい速かまくら号」や急行列車「ブラリーかまくら号」が走っていることがわかりました。1970年代の開業で、ふみ切りがなく、カーブも大きめになっているそうです。


← ……電車の音が地下から







← 20両ぐらい
※ 「今住んでいる……」で改行する。
← ……とき、近くの五日市かいどうに



← つる見駅から、東京のたま地方とさい玉県を通って、千葉県の……
← ……乗れるのは、とちゅうの、たま地方の府中本町駅から
※ 西船橋駅から東京駅まで行く電車もあることを入れておこう。むさしの線は首都圏(しゅとけん)を円くつらぬくようにして走っているのだね。

※ これだけ調べると、音の長さや方向で、どこ行きの電車か列車か分かるようになっただろうね。そのことを書いてしめくくろう。 

 当然、調べながら地図も見ていることだろう。

書き直した作文
 「ゴー」と鳴って、「ガタガタガタ」。
 昼でも夜中でも、わたしの家では地下から電車の音が聞こえます。電車はとなりのあき地から公園をぬけて、玉川上水の下を通って走っています。この電車はむさしの線です。お客さんの乗る電車が来るときは5秒ぐらいしか聞こえないけど、か物列車が通るときはかなり長い間音が聞こえます。西国分寺駅の近くのファミリーレストランからか物列車の通るのが見えて、お兄ちゃんが小さいときに数えたら、20両ぐらいつながっていたそうです。
 今住んでいる家を買うとき、近くの五日市かいどうに駅ができると、ふどうさんやさんに聞いて買ったのに、まだできません。住んでみて初めてわかったのですが、実は何十年も前から駅ができると言われていた所だったのです。そこで、わたしはむさしの線について調べることにしました。
 むさしの線は、かな川県横浜市つる見区のつる見駅から、東京のたま地方とさい玉県を通って、千葉県船橋市の西船橋駅まで走っている鉄道路線です。お客さんが乗れるのはとちゅうの、たま地方の府中本町駅からで、西船橋駅までです。そこを通って東京駅まで行く電車もあります。さいしょはか物列車中心に走っていましたが、人口がふえてきたので、お客さんが乗る電車のほうが多くなったそうです。府中本町駅から西船橋駅まで約120キロメートルあります。1970年代の開業で、ふみ切りがなく、カーブも大きめになっているそうです。駅は25で、か物駅は3つです。りんじ列車で「ホリデーかい速かまくら号」や急行列車「ブラリーかまくら号」が走っていることもわかりました。
 このごろは、ふとんの中でガタガタいう音を聞いて、西船橋行きの電車か、つる見行きのか物列車かなどがわかるようになりました。

















◎ これで、むさしの線が大きく丸い感じで走っていることが、読む人にもよく分かることだろう。



行ったり来たりする音を聞いて、行き先を思い浮かべると、
頭の中には円い世界が広がっていることだろう。

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C 「前方倒立回転跳び」


彩ちゃんは新体操をしているせいか、体の動きがいい。

はじめの作文 添削例・諸注意
 わたしは、さいきん、体を前にして、さかだちをしてくるっとまわる練習をしています。とってもむずかしいので、何回も練習しています。お兄ちゃんから体いくの本をもらいました。わかりやすい絵がのっています。ねる前も起きてからもずっと練習しています。ふとんの上で何度も体をうっていて、お母さんに「バッタン、バッタン、うるさい!」と言われてしまいました。できるようになるまでがんばりたいけど、教えてくれる人がいないので、いつになったらできるかわかりません。でも、あと1年ぐらいたったらかんぺきにしたいと思います。そくてんはできるので、それと合わせたいです。そうすればみんなが「すごい!」と言ってくれるので、楽しみです。わたしといっしょにそくてんの練習をした子にも見せてあげたいです。
 これからもがんばります。
※ どうしてこんなことを始めたのだろう。
※ 技(わざ)の名前はその本にのっていたのだね。

← 何度も体を打つので、

※ 「できるように……」で改行する。
※ 体育の本が先生ではないのかな。
※ そくてん(側転)が、この回転跳びのきっかけになったとしたら、はじめのほうにそれを書いておこう。

 動きを文字で表現するのは難しいが、
どんなことを練習しているのか、だいたい分かる。

書き直した作文
 わたしは、さいきん前方倒立回転跳びの練習をしています。体を前にたおしてさか立ちをして、くるっと回って立ちます。
 側転ができるので、何となくやってみたくなって始めましたが、とってもむずかしいので、何回も何回も練習しています。ふとんの上で何度も体を打っていたので、お母さんに「バッタン、バッタン、うるさい!」と言われてしまいました。でも、お母さんは、それを見て、お兄ちゃんの体育の本を持ってきてくれました。わかりやすい絵がのっています。名前はそれでおぼえました。ねる前も起きてからもずっと練習しています。
 できるようになるまでがんばりたいけど、教えてくれる人がいないので、いつになったらできるかわかりません。でも、本の絵を見ながら、あと1年ぐらいたったらかんぺきにしたいと思います。側転はできるので、それと合わせたいです。そうすれば、みんなが「すごい!」と言ってくれると思うので、楽しみです。わたしといっしょに側転の練習をした子にも見せてあげたいです。
 これからもがんばります。
  

















◎ バック転も加えると、オリンピックに出られるかもしれないね。


彩ちゃんは道場の前の道路で、実際に側転を見せてくれた。
扇が開くように真横にくるりと回って、ストンと立った。。

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D 「ブリジストン」

はじめの作文 添削例・諸注意
 わたしの学校でブリジストンへ行きました。ブリジストンはタイヤの工場です。わくわくします。
 ブリジストンにはたかの台から小川まで行き、そこから歩いていきます。タイヤのはくぶつかんに、たくさんのタイヤがありました。重いのやかるいのがあって、もったりできました。ほかにも、おもしろいコーナーがありました。2階だてです。
 この工場ではじょうよう車のタイヤが1日2000こできるそうです。さいしょはストーンブリッジという名前でしたが、使われるにつれてブリジストンになったそうです。びょうきになったイルカのしっぽがないので、ブリジストンがしっぽを作ったそうです。そのイルカは今も元気です。そのしっぽがありました。かたかったです。よくできてると思いました。
 ブリジストンの見学にまた行きたいです。
※ いつ行ったのかな。社会科見学で行ったのだね。

← 西武国分寺線のたかの台駅から小川駅まで……
← 大きいのや小さいの、
← さわったり持ったり
※ おもしろいものには何があったかな。また、2階には何かあったかな。
※ この会社を始めのは石橋さんという人で、それを英語にしたのだね。
※ イルカの話は、前の「2階」の所へもっていこう。見た順に書くとよい。

この作文は、この段階ではメモのようなものなので、
話しながら、くわしく聞き出していくことにした。

書き直した作文
 11月26日、木曜日、社会科見学でブリジストンに行きました。ブリジストンはタイヤの工場です。わくわくします。西武国分寺線のたかの台駅から小川駅まで行き、そこから歩いて行きました。
 はじめに、タイヤのはくぶつ館に入りました。タイヤがたくさんありました。大きいのや小さいの、重いのや軽いのがあって、さわったり持ったりできました。ゴムなのに、とってもかたかったです。ほかにも、昔のタイヤと今のタイヤのちがいなど、おもしろいコーナーがありました。この工場では、じょうよう車のタイヤが1日に3万2000こできるそうです。
 ブリジストンという名前は、さいしょに会社を作った人の名前が「石橋」だったので、「ストーンブリッジ」とつけられました。でも、言いにくいので、「ブリッジストーン」に変わり、使われているうちに「ブリジストン」になったということです。
 2階にはイルカのしっぽがありました。もちろん、ゴムでできています。病気になったイルカのしっぽがなくなったので、ブリジストンが代わりのしっぽを作りました。そのイルカは今も元気だそうです。そのしっぽはかたかったです。よくできているなと思いました。
 全部を見られなかったので、もう一度行って、ゆっくり見てみたいです。













◎ 会社を作った人の名前が付いているといえば、「サントリー」もそうだね。ウィスキーの会社を作った鳥居さんは太陽が好きだったので、「Suntory」(サントリー)と付けたのだそうだ。

◎ これは沖縄の「美ら海(ちゅらうみ)水族館」のイルカのことなのだろうね。テレビで放送していたことがあった。


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E 「丸ポスト」

はじめの作文 添削例・諸注意
 なぜ小平には丸ポストが多いのか、調べました。
 東京の23区内には、2008年には10このこっていたそうです。小平市には、2009年11月には32このこっていました。これは東京の中でさいこうの数です。
 小平市でも古くなって新しいポストにこうかんしていたそうですが、丸ポストがへってきて、みんなが「かわいい」とか、「丸ポストをのこしてほしい」という声がたくさん出てきました。そこで、道を広くするためにポストをいどうしなくてはいけなくなった時も、新しいポストにこうかんしないで、丸ポストをいどうさせました。
 小平の駅前のルネ小平というホールの前に日本一大きな丸ポストがおかれています。高さが2.8メートル、はばが80センチメートルで、重さが約1.5トンあります。上下に1つずつ手紙を入れるところがあります。だから、小さな子でも手紙をポストに入れることができます。
 わたしは年がじょうや何かおうぼする葉書を出すときしかポストを使いません。自分で手紙を書いてポストに入れたことはありません。お手紙を友だちにあげるときは、ちょくせつ会ってわたすからです。おじさんにはインターネットでメールを送ります。
 インターネットでメールするほうがらくなので、ポストを使う人が少なくなるので、そのうちポストがなくなってしまうかもしれないと思いました。そうなると、ちょっとさびしい気がします。
 小平市では、2008年11月から丸ポストマップをくばっています。去年の冬には「小平ポストラリー」をしました。わたしはこんど参加しようと思います。

← 丸ポストが10このこって

← 東京の市の中でも

← 古くなったポストを新しいポストに




← 丸ポストのままいどうしました。












← 使う人が少なくなって、



← 「丸ポストマップ」

何やら温かい感じがする。
巨大ポストに投函口を上下に2つ設けるなど、
小平の人たちには思いやりがあるからなのだろう。

書き直した作文
 なぜ小平には丸ポストが多いのか、調べました。
 東京の23区内には、2008年には丸ポストが10このこっていたそうです。小平市には、2009年11月には32このこっていました。これは東京の市の中でもさいこうの数です。
 小平市でも古くなったポストを新しいポストにこうかんしていましたが、丸ポストがへってきて、みんなが「かわいい」とか、「丸ポストをのこしてほしい」という声がたくさん出てきました。そこで、道を広くするためにポストをいどうしなくてはいけなくなった時も、新しいポストにこうかんしないで、丸ポストのままいどうしました。
 小平の駅前のルネ小平というホールの前に日本一大きな丸ポストがおかれています。高さが2.8メートル、はばが80センチメートルで、重さが約1.5トンあります。上下に1つずつ手紙を入れるところがあります。だから、小さな子でも手紙をポストに入れることができます。
 わたしは年がじょうや何かおうぼする葉書を出すときしかポストを使いません。自分で手紙を書いてポストに入れたことはありません。手紙をお友だちにあげるときは、ちょくせつ会ってわたすからです。おじさんにはインターネットでメールを送ります。
 インターネットでメールするほうがらくなので、ポストを使う人が少なくなって、そのうちポストがなくなってしまうかもしれないと思いました。そうなると、ちょっとさびしい気がします。
 小平市では、2008年11月から「丸ポストマップ」をくばっています。去年の冬には「小平ポストラリー」をしました。わたしはこんど参加しようと思います。



彩ちゃんは「四角いポストより丸ポストのほうが好き」とも言う。
「丸」も温かさをかもし出しているのだろう。

本文中の丸ポストはこちら

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F 「私たちの食べ物」


身近なことについての疑問なり関心が、大きな問題へと発展する。

はじめの作文 添削例・諸注意
 わたしは、食べ物がどこから来るのか調べました。たとえば、天ぷらそばの材料はいろいろな国から運ばれています。そばは、日本22%、中国63%、その他15%です。えびは、日本5%、ベトナム20%、インドネシア17%、インド12%、その他46%です。小麦は、日本13%、アメリカ49%、カナダ19%、オーストラリア18%です。大豆は、日本5%、アメリカ76%、ブラジル9%、カナダ7%、その他3%です。これで、そばと小麦と大豆は土地が広い国から、えびは海に近くて暑い国から運ばれてくることがわかりました。
 食べ物が自分の国でどれぐらい作られているかを表す数字を「食料自給率」といいます。日本の食糧自給率はアメリカ、フランス、ドイツ、イギリスなどと比べると、いちばん低くなっています。日本は40年前と比べ、ごはんを食べる量がへり、かわりに肉やパン、油るいがふえています。米とちがって、肉や油は日本ではたくさんはとれません。だから、ゆ入がふえて、食料自給率が下がっているのです。日本は、世界でいちばんゆ入が多い国です。世界では人口がふえて、食料がたりなくなってきています。だから、国内で作る食料をふやしていかないと、大変なことになると思います。食料自給率を高くするためには、みんなが力を合わせることが必ようです。
 社会科の時間に、スーパーで買ったやさいやくだもののふくろを集めて、どこで作っているのか調べました。そこには、岩手さん、北海道さん、いばらきさんなどがありました。近くのスーパーでは小平や国分寺の農家の人の顔写真のシールがはってあるやさいを売っています。地元でとれる食べ物を食べることは、地域の農業を応援することになります。
 わたしの学校では、きゅう食を全部食べると、「からっぽしょう」がもらえます。わたしのクラスは4まいで、ほかのクラスは80まいをこしています。きゅう食をのこす人が多いので、のこさず食べて、「からっぽしょう」をめざします!
 食べ物は、お米ややさいを作り、ニワトリや牛を育てている人たちのおかげでできています。だから、「いただきます」は、作ってくれている人たちに「ありがとう」と言っているのと同じです。のこすと、作ってくれた人が悲しむので、のこさず食べようと思いました。






← 天ぷらのころもになる小麦は、
← そばつゆのしょうゆのもとになる大豆は、








←※ 「アメリカやフランスは小麦などの食料がたくさんとれるので、輸出していますが、日本は食料の半分以上を輸入しています」と補っておこう。
← 日本は、食料の輸入が世界で一番多い……



← みんなが日本でできた物を食べる必要があります。









← クラスできゅう食を全部……





※ 話が長くなっているので、「食料自給率」のことを中心にまとめてみよう。

話が「食料自給率」に及んでいるのは、
だれかの助言があったにしても、驚くべきことである。
大きな問題を取り込んでこなしているのだ。

書き直した作文
 わたしは、わたしたちの食べ物がどこから来るのか調べました。
 たとえば、天ぷらそばの材料はいろいろな国から運ばれています。そばは、日本22%、中国63%、その他15%です。えびは、日本5%、ベトナム20%、インドネシア17%、インド12%、その他46%です。天ぷらのころもになる小麦は、日本13%、アメリカ49%、カナダ19%、オーストラリア18%です。そばつゆのしょうゆのもとになる大豆は、日本5%、アメリカ76%、ブラジル9%、カナダ7%、その他3%です。これで、そばと小麦と大豆は土地が広い国から、えびは海に近くて暑い国から運ばれてくることがわかりました。
 食べ物が自分の国でどれぐらい作られているかを表す数字を「食料自給率」といいます。日本の食糧自給率はアメリカ、フランス、ドイツ、イギリスなどと比べると、いちばん低くなっています。アメリカやフランスは小麦などの食料がたくさんとれるので、輸出していますが、日本は食料の半分以上を輸入しています。日本は40年前と比べ、ごはんを食べる量がへり、かわりに肉やパン、油るいがふえています。米とちがって、肉や油は日本ではたくさんはとれません。だから、輸入がふえて、食料自給率が下がっているのです。日本は、食料の輸入が世界でいちばん多い国です。世界では人口がふえて、食料がたりなくなってきています。だから、国内で作る食料をふやしていかないと、大変なことになると思います。食料自給率を高くするためには、みんなが日本でできたお米ややさいを食べることが必要です。
 社会科の時間に、スーパーで買ったやさいやくだもののふくろを集めて、どこで作っているのか調べました。そこには、岩手産、北海道産、いばらき産などがありました。近くのスーパーでは小平や国分寺の農家の人の顔写真のシールがはってあるやさいを売っています。地元でとれる食べ物を食べることは、地域の農業を応援することになります。
 食べ物は、お米ややさいを作り、ニワトリや牛を育てている人たちのおかげでできています。だから、「いただきます」は、作ってくれている人たちに「ありがとう」と言っているのと同じです。わたしは、感謝の気持ちをもって、もっとごはんを食べ、近所でとれるやさいやくだもの、肉や卵を食べようと思います。


◎ 天ぷらそばを例に取り上げたのがすばらしい。身近なものといろいろな国とのつながりがわかるからね。







































◎ よい締めくくりになったね。


「からっぽしょう」の事例もおもしろいが、
話のまとまりの上では削除するほうがよいだろう。

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G 「命のつながり」


彩ちゃんたちは学校でおもしろいことを習っている。

はじめの作文 添削例・諸注意
 道徳の時間に、生命のそん重のし料を読んで学習した後、自分からさかのぼってつながってきた人たちを表に書きました。先生は、書いてみると、自分としてたん生したきせき命がつながってきたことのとうとさを感じることができると言いました。
 さいしょに自分の名前を書いて、次に、その上に「コ」の字を上に開いたように枝を書き、右と左に父と母と書きます。父の上に枝を広げて父と母、母の上に枝を広げて父と母と書いていきます。どんどん父と母がふえていきました。10だんぐらい書いて、きりがないので、そこで止めました。
 このつながりを見ると、たくさんの命がつながって自分が生まれたことがわかりました。もし、わたしの父と母がけっこんしなかったら、わたしは今ここにいなかったと思います。おじいちゃん、おばあちゃんがけっこんしなかったら、父と母のどちらかが生まれてこなかったし、たくさんの人たちがけっこんをしていってくれたから、今ここにおじいちゃんとおばあちゃん、父と母やわたしが生まれてくることができました。一人でもほかの人とけっこんしていたら、わたしはいなかったのだと思うと、わたしが今ここにいるのはきせきだと思いました。
 わたしの家に「大矢家家譜抄」がありました。わたしの母のお母さんの家のものです。それには、たくさんの人の名前がありました。びっくりするような名前や今は聞いたことのないような昔の名前がたくさんありました。男の人は全員漢字の名前ですが、母のおばあちゃんの代の女の人の名前くらいから上の人たちにはカタカナの名前がふえました。トクさんやトキさんサクさんフキさんキクさんセンさんなどです。男の人で門のつく人がいました。六郎左エ門さんや源左エ門さんなどが7人いました。玉川兄弟の名前にも庄エ門、清エ門というように門がついています。昔は名前の最後に門をつけるのが流行していたのかなと思いました。
 わたしの名前は、表の一番下にあります。わたしもけっこんして、このつながりがずっと続いていけたらいいなと思います。
← 尊重、資料


← 誕生、奇跡(や)、尊さ




























← トクさんやトキさん、サクさん、フキさん、キクさん、センさんなどです。
← 「門」のつく人
← 江戸時代に玉川上水を開いた玉川兄弟

第3段落の末尾に「きせき」とあるが、
こんなふうに解き明かされると、
神秘の世界に誘い込まれたようで、戦慄さえ覚える。

書き直すほどのこともないので、
彩ちゃんのお母さん方の系図を見ておこう。

家譜の左下部分  家譜の全体図 家譜の右上部分


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「丸ポスト」(東京・小平駅前) 本文はこちら