味の素スタジアム(東京・調布市)

作文ワールドX

スポーツ作文 (1)

も く じ

スポーツ作文(2) 
  作文ワールドT(原点)  U(1人1人の作文)
 作文ワールドV(社会科作文)  W(理科作文) Y(七五の四行詩)  
Z(図工作文)
  [(エトセトラ)  \(家庭科作文)
](作文のこころ)
「東日本大震災」の作文・第1部  第2部・第3部

作文打出の小づち 総もくじ
作文編  国語編  小論文編  閑 話

小学生の作文教室  作品展示場  トップページ



もくじ
○ はじめに

11.『感動の四段タワー』     … 萌香さん(中T)
12.『水上スキー』         … 海斗くん(小5)
13.『マット運動』          … ひなのさん(小5)
14.『中学年リレー』        … 琴美ちゃん(小4)
15.『十人タワー』         … 凜さん(小6)
16.『とりかごとサカテニ』     … 悠くん(小6)
17.『シンクロナイズドスイミング』… ひなのさん(中3)
18.『親子2キロマラソン』     … 啓輝くん(小5)
19.『夏の寒中水泳』       … 陶子さん(中2)
20.

1−1.『WBC』(World Baseball Classic)    … 明穂さん(中1)
1−2.『ワールド・ベースボール・クラシック』 … 勇太郎くん(小5)
1−3.『第2回WBC』               … 明穂さん(高2)
2.『冬の合宿』(水泳)      … 秋平くん(小6)
3.『変化球の曲がり方』     … 尊之くん(小6)
4.『フリークライミング』      … 弘太郎くん(中2)
5.『サッカーの初夏大会』    … 祐馬くん(小5)
6.『遠泳検定』           … 英毅くん(小6)
7.『5回連続出場をかけて』   … 隆くん(小5)
8.『なわとび大会』         … 純平くん(小5)
9.『応援団』             … 竣也くん(小6)
10.『クラス対抗リレー』      … 晃輔くん(中1)

○ インタビューレポート             … 巧樹くん(中3))
   『登山家・山野井夫妻の生き方』

○ はじめに

 
 かねがね、「スポーツ作文」のページを設ける必要を感じていたところ、
3月(’06年)になってスポーツの世界では大きな出来事が起こった。
すなわち、WBCで王ジャパンが世界一になったことである。
しかも、この大会を現地で見に行った生徒がいる。

 これを契機にこのページを発足させることにした。
WBCでは国内でも多くの人が落胆しかかった後に大きな感動を味わった。
今回は、その一人、ふつうの女生徒の作文も併せて紹介することにしよう。
(Apr.9 '06)


−1.『WBC』(中1 中村明穂)

はじめの作文 添削例・諸注意
 最近、世界の中で一番野球が強い国を決めるWBCの第1回が行われました。私はもともと父が野球を見るので一緒に見ていました。けれども、それは真剣に見るわけではなく、本を読みながら少しのぞくぐらいでした。しかし、WBCは真剣に見ました。
 日本のチームの選手たちは、WBCをとおして悔しさ、悲しさ、嬉しさなどいろいろ感じてきました。悔しさはアメリカとの戦いで負けたことです。この試合は本当は日本が勝っているはずでした。しかし、最後にアメリカの監督が日本の選手が早くるいから出たと言い、審判が判定を変えてしまいました。そのことをニュースで取り上げていました。アメリカの選手がボールを取った映像と日本の選手がるいを出た時の映像を隣に並べて何度も流していました。何回見ても日本の選手はルールをやぶっていませんでした。選手や王監督と同じように、私も悔しかったです。
 悲しさは韓国との試合です。日本は韓国と3回試合をしました。そのうちの2回は負けてしまいました。イチロ−選手も屈辱的な日ですと言っていました。しかし、3回目でようやく勝つことができました。日本代表と王監督はとても嬉しそうな顔をしていました。
 嬉しさはキューバとの試合です。この日の日本の選手の調子はとてもよかったです。日本のせめの最後の9回の表では1点差だったところを5点差にしました。もちろん交代になっても、そんなに点は取られませんでした。そして、この第1回WBCで日本が勝利を収めました。2位か3位にはなれるのではないかと思っていましたが、まさか1位だとは思いませんでした。
 この試合がきっかけで野球をする人やファンが増えていくと思います。結果1つでみんなのすることが変わってしまうのだからすごいと思いました。
 

← 私はふだんは父が……





← ……嬉しさを味わいました。
※ 次の「悔しさは」で改行。



← 判定をくつがえして
← そのことはニュースでも







←「屈辱的な日です」と



← ……試合です。準決勝で韓国に勝って日本の選手の調子はとてもよかったのでしょう。最後の9回の表の攻撃では……。その裏も1点しか取られませんでした。そして、この第1回……。


※ おしまいの一文にあるような結果はまだ出ていないから、この段落を、自分が野球に興味をもったという内容にしよう。

 それまで野球にはあまり興味がなかったにしては、一連の流れをよくつかんでいる。
構成の上で「悔しさ、悲しさ、嬉しさ」の3つの観点を立てているところには工夫がうかがわれる。

書き直した作文
 最近、世界の中で一番野球が強い国を決めるWBCの第1回大会が行われました。私はふだんは父が野球を見るので一緒に見ていました。けれども、それは真剣に見るわけではなく、本を読みながら少しのぞくぐらいでした。しかし、WBCは真剣に見ました。
 日本のチームの選手たちは、WBCをとおして悔しさ、悲しさ、嬉しさを味わいました。
 悔しさはアメリカとの戦いで負けたことです。この試合は本当は日本が勝っているはずでした。しかし、最後にアメリカの監督が、アメリカの選手がボールを取る前に日本の選手が早くるいから出たと言い、審判が判定をくつがえしてしまいました。そのことはニュースでも取り上げられていました。アメリカの選手がボールを取った映像と日本の選手がるいを出た時の映像を横に並べて何度も流していました。何回見ても日本の選手はルールをやぶっていませんでした。選手や王監督と同じように、私も悔しかったです。
 悲しさは韓国との試合です。日本は韓国と3回試合をしました。そのうちの2回は負けてしまいました。イチロ−選手も「屈辱的な日です」と言っていました。しかし、3回目でようやく勝つことができました。日本代表と王監督はとても嬉しそうな顔をしていました。
 嬉しさはキューバとの試合です。準決勝で韓国に勝って日本の選手の調子はとてもよかったのでしょう。最後の9回の表の攻撃では1点差だったところを5点差にしました。もちろん交代になっても、その裏も1点しか取られませんでした。そして、この第1回WBCで日本が優勝しました。2位か3位にはなれるのではないかと思っていましたが、まさか1位だとは思いませんでした。
 この試合がきっかけで私も野球が好きになりました。今度実際にドームに行って野球を見てみたいです。
 

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−2.『ワールド・ベースボール・クラシック』(小5 小野勇太郎)

 勇太郎くんは二次リーグの日米戦を見に行ったわけだが、これに先立って、
前日に日本の選手にサインをもらったことなどを書いている。
「道場日記抄」の「WBC余聞」(Apr.2 '06)の項参照。こちらへ。

はじめの作文 添削例・諸注意
 3月12日、ぼくはアナハイム球場に日本とアメリカの試合を見にいきました。ときどきアナハイム球場にはエンジェルスの試合を見に行きますが、こんかいは日本の試合なので楽しかった。アナハイム球場はぼくの家から30分くらいです。
 昨日の夜は日本の選手のサインをもらえたので、その日もサインをもらいたかったので、球場に1時間前に行きました。ぼくの席はアメリカのベンチの近くでした。アメリカの選手で好きなのは松井選手のいるヤンキースのジーター選手です。ジーター選手を近くで見ることができてとてもうれしかった。だけどサインはだれからももらえなかったのでざんねんでした。
 試合の前にランチを食べました。お父さんは球場ではいつもホットドッグを買ってくれます。味はまあまあです。
 いよいよ試合が始まりますが、選手の紹介がありました。一人ずつ呼ばれてグランドに出てきました。アナウンスが日本語でもあったので、びっくりしました。ほとんどの日本人選手は拍手をうけていませんでしたが、イチロー選手だけはものすごい拍手でした。お父さんは王監督も大きな拍手を受けていたと言いました。ぼくは知らなかったけど、王監督は有名だそうです。
 試合が始まってすぐにイチロー選手がホームランを打ちました。回りのアメリカ人もびっくりした声をあげていました。そして、昨日の夜、レストランで見た上原選手が投げました。途中でアメリカが追いついた時は、アメリカ人が「ユーエスエー、ユーエスエー」ととても大きな声で言っていました。
 7回には、いつもと同じように「Take me out to the ball game 」という歌を合唱しました。ぼくはその曲が好きです。
 8回に日本のチャンスがありました。1点が入ったと思ったのに、アメリカのしん判とコーチが話しているうちに、最初はセーフだったのにアウトになってしまいました。そのときは何でアウトになったのかわかりませんでしたが、回りのアメリカ人は喜んでいました。ぼくたちは不公平だと思いかなしかったです。
 後でわかったのですが、そのしん判は前にもセントルイスのマグワイア選手のホームランをまちがえて、2るい打にしたことがあるそうです。その後のアメリカ対メキシコ戦でもまちがえました。ぼくはアメリカの試合にアメリカのしん判を出してはいけないと思いました。
 結局、日本は負けたけれど、とてもいい試合だと思います。見に行くことができてとてもうれしかった。
 



← 今回は日本の試合なので、
楽しみでした(わくわくしました)。
※ 「アナハイム球場は」の文は最初の文の後へ。
← サインをもらおうと思って
  ※「ので」が続くので、後のほうを変える。


← とてもうれしかったです。
  ※ていねいな言い方でそろえる。
◎ いい話だね。アメリカの球場の雰囲気が伝わってくる。
← ……始まります。その前に選手の














◎ これも、球場の雰囲気が伝わってきて、とてもいい話だ。

← 3対3の同点でむかえた8回の表に日本の……。ランナー3塁のとき、レフトの犠牲フライで1点が……






← ……メキシコ戦でもホームランをまちがえて2塁打にしてしまいました。

← いい試合だったと
← うれしかったです。
◎ そう、試合自体は接戦で、よかったよね。

 球場の雰囲気や疑惑の判定の様子が実によく伝わってくる。
それに、「アメリカの試合にアメリカのしん判を出してはいけない」と、批判も鋭い。
それでいて「いい試合だった」とも言う。なかなか公平な目をもっている。

書き直した作文
 3月12日、ぼくはアナハイム球場に日本とアメリカの試合を見にいきました。アナハイム球場はぼくの家から車で30分くらいの所にあります。アナハイム球場には時々エンジェルスの試合を見に行きますが、今回は日本の試合なので、とてもわくわくしました。
 昨日の夜は日本の選手のサインをもらえたので、その日もサインをもらおうと思って、球場に1時間前に行きました。ぼくの席はアメリカのベンチの近くでした。アメリカの選手で好きなのは、松井選手のいるヤンキースのジーター選手です。ジーター選手を近くで見ることができてとてもうれしかったです。だけど、サインはだれからももらえなかったので、ざんねんでした。
 試合の前にランチを食べました。お父さんは球場ではいつもホットドッグを買ってくれます。味はまあまあです。
 いよいよ試合が始まります。その前に選手の紹介がありました。一人ずつ呼ばれてグランドに出てきました。アナウンスが日本語でもあったので、びっくりしました。ほとんどの日本人選手は拍手をうけていませんでしたが、イチロー選手だけはものすごい拍手でした。お父さんは王監督も大きな拍手を受けていたと言いました。ぼくは知らなかったけど、王監督は有名だそうです。
 試合が始まってすぐにイチロー選手がホームランを打ちました。周りのアメリカ人もびっくりした声をあげていました。そして、昨日の夜、レストランで見た上原選手が投げました。途中でアメリカが追いついた時は、アメリカ人が「ユーエスエー、ユーエスエー」ととても大きな声で言っていました。
 7回には、いつもと同じように「Take me out to the ball game 」という歌を合唱しました。ぼくはその曲が好きです。
 3対3の同点で迎えた8回に日本のチャンスがありました。ランナー3塁のとき、レフトの犠牲フライで1点が入ったと思ったのに、アメリカのしん判とコーチが話しているうちに、最初はセーフだったのにアウトになってしまいました。そのときはなぜアウトになったのかわかりませんでしたが、周りのアメリカ人は喜んでいました。ぼくたちは不公平だと思い、悲しかったです。
 後でわかったのですが、そのしん判は前にもセントルイスのマグワイア選手のホームランをまちがえて、2るい打にしたことがあるそうです。その後のアメリカ対メキシコ戦でもホームランをまちがえ、2塁打にしてしまいました。ぼくはアメリカの試合にアメリカのしん判を出してはいけないと思いました。
 結局、日本は負けてしまったけれど、試合自体は接戦で、とてもいい試合だったと思います。この試合を見に行くことができて、野球がますます好きになりました。

























◎ もうお父さんから聞いて、よく知っていると思うけど、王選手は868本のホームランを打っている。アメリカではハンク・アーロン選手の755本が最高だから、これは世界新記録なのだ。だから、アメリカの野球ファンの間では「サダハル・オー」と呼ばれて、とても人気があるのだそうだ。
 今度王ジャパンが世界一になったことで、この記録はもっともっと輝いてくるだろうね。

 勇太郎くんは当日の写真を送ってきてくれている。こちらへ。

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−3.『第2回WBC』 (高2 中村明穂)

あれから3年。再び明穂さんに登場願おう。
明穂さんは高校生になって、自らはテニスをしているが、
WBCとなると、野球への興味が目を覚ます。

添削例
 第2回WBCは3月24日に、日本が前回に続き優勝して幕を閉じました。
 私は今回、部活や塾でちゃんと観戦できませんでしたが、2人の選手に注目しました。一人はイチロー選手です。決勝戦の9回裏で、日本と韓国は3対2、日本は勝利を目前にしていたところで、ダルヴィっシュ投手が打たれて延長戦になりました。10回の表、できるだけ多くの点を取りたい、取ってほしいと思っている選手や監督、応援している人の期待に応えたのはイチロー選手でした。このWBCで、イチロー選手は予選から不調続きでしたが、ツーアウト2,3塁の場面でヒットを打ちました。このヒットのおかげで、日本は2点を勝ち越し、侍ジャパンを優勝へ導きました。
 もう一人は岩隈投手です。ある報道番組で、岩隈投手はWBCの中でどんどん成長していると言っていました。私はプロ野球を見ないので、WBCで初めて岩隈投手を知りました。TBSのWBC特集で、岩隈投手は肩と肘を傷め、そのけがのせいで、それまでどおりのプレーができなくなったことを知りました。スランプならそのうち抜け出せますが、けがを克服するのは本当に大変だったと思います。私は、今回のMVPは岩隈投手がもらうものと思っていました。前回に続いてMVPに選ばれた松坂投手も「MVPは岩隈くんだと思った」と言っていました。
 今回のWBCでは日本は韓国と5回戦いました。1次ラウンドの2回戦で韓国と戦い、どんどん点差を広げていって、コールドで勝ちました。しかし、次の試合では0対1で負けてしまいました。2次ラウンドの日韓戦の1回目は日本が負けてしまいました。しかし、2回目は勝って準決勝に進みました。そして、決勝の相手はまたもや韓国となったのです。それまで日本と韓国は2勝2敗で、どちらが勝ってもおかしくないほど、実力は伯仲していました。試合は10回まで続き、興奮させられる試合になりました。
 侍ジャパンは、前回日本が優勝したというプレッシャーを背負いながら、みごと優勝しました。その分、次回の日本の代表たちには侍ジャパンよりも大きなプレッシャーがかかると思います。そのプレッシャーの中で、どんなプレーを見せてくれるのか楽しみです。


← 部活や塾に時間をとられて、全部を観戦……。







← ……不調続きでしたが、この10回表、ツーアウト……































← ……見せてくれるのか、4年後が楽しみです。

大方の野球ファンにも納得できる感懐であろう。

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『冬の合宿』(小6 渡部秋平)

 秋平くんは卒業式の後、「春休み」という作文を書いた。(だから、学年を中1とするほうがよいのかもしれないが、
それはともかく)、その中に、休み中の出来事の1つとして「合宿」のことについて書いてあった。
秋平くんは水泳をやっていて、去年の秋には全県大会で1位になって「NHK杯」を受けている。
そのくらいの優れた力の持ち主であるから、いったいどんな練習をしているのだろうかという興味から、
合宿に焦点を合わせて書いてもらうことにした。
最初はちょっとした興味からであったが、なかなかどうして中味は半端ではない。
 なお、秋平くんは「社会科作文」の『かまくら』や『ぼんでん』でも登場している。

はじめの作文 添削例・諸注意
 卒業式が終わって次の日から、ぼくは春休みをむかえました。春休みには水泳の合宿がありました。春休みで出かけたのはこれ1つです。
 合宿は山形県の最上市の「りんどう」という小さな宿で三泊四日で行われました。今回の合宿は一年間の中で一番きつい合宿です。初日は、山形に行くまで時間がかかるので、午後練習だけでした。午後練習でのメインメニューは200メートル20本でした。とても長くて大変でした。次の日の朝の練習は六時半からでした。そのときのメインは100メートル20本でした。午後の練習でのメインは100メートル30本でした。これでやっと二日目が終わりました。三日目の午前のメインは400メートルを少しと200メートルを10本ぐらいでした。午後練習でのメインは昨日の100メートル30本の平均タイムを18本上回ればクリアという練習でした。ぼくは無事クリアしました。そして、4日目は最終日で、午前練習だけでした。メインメニューはまた昨日の午後と同じく、その時のタイムを上回るという練習でした。(100メートル20本)
 ぼくはこの合宿で思ったことは、なんでもつらいんだなあと思いました。。
 



※ 参加人数はどのくらいだったのだろう。
 コーチ○○人、生徒○○人というふうに、また、できれば年齢別に書いてみよう。

※ プールの場所と大きさを書いておこう。もちろん温泉プールなのだろうけど、念のため、そのことも。

※ 練習の苦しさとそれを乗り切った気力について書いておこう。
 その上で、1日ごとに段落に分けよう。



← ……を上回ることという練習

← ……つらいんだなあということでした。

 いろいろの注文をつけたが、秋平くんは期待に応えてくれた。
 なお、ハードな練習の書き方の参考のために、下記のような高卒生の作文のコピーを添付しておいた。

 「30本目くらいで足がもつれだす。50本目くらいになると呼吸に血の臭いが交じりだす。
80本目くらいからは意識がもうろうとしてきて、ボールのほうへ体が倒れるだけになる。
 これは、私が野球部に入っていたときに受けた『120本ノックの洗礼』である。…………」
(道場主著『作文試験 必勝のパターン』〈一ツ橋書店〉より)

書き直した作文
 卒業式が終わって次の日から、ぼくは春休みをむかえました。春休みには水泳の合宿がありました。春休みで出かけたのはこれ1つです。
 合宿は山形県最上市の「りんどう」という小さな宿で、三泊四日で行われました。参加したクラブチームは山形県二チーム、秋田県二チーム、岩手県一チームでした。コーチの人数は六人で、約70人が参加しました。小学生から高校生までいました。プールの場所は宿より高台にあります。歩いて約5分で着きます。プールの大きさは25メートルの6コースで、温水プールでした。今回の合宿は一年間の中で一番きつい合宿です。
 初日は、山形に行くまで時間がかかるので、午後練習だけでした。その時の練習は、200メートル20本でしたが、今思うと、合宿の中で一番楽だったと思えます。合宿の中で一番キツかったのは最終日の早朝の練習でした。ぼくは朝は体がかたいので、早くストレッチをすませていました。コーチたちがメニューをもってきてぼくたちに渡しました。ぼくはその時、この練習は本当にやるのかと思いました。その時のメニューはいたってふつうの100メートル20本でした。しかしその内容は今までにないものでした。
 練習の二日目に100メートル30本、全部全力というのをやって、コーチたちがその時のタイムを1本1本計りました。その時はまだきつい練習の始まりにすぎませんでした。次の日の午後、昨日の100メートル30本の平均タイムを18本上回ればクリアという練習でした。これでは、100メートルが何本になるか分かりません。でも、ぼくはかなりがんばった末、クリアできました。その時もコーチたちはタイムを計っていました。
 そして最終日、ついにぼくの史上最高の練習が始まりました。内容は、昨日の平均タイムをさらに上回れというものでした。それを100メートル20本。ぼくはとても無理だと思いました。しかし、100メートル20本が始まってしまいました。ぼくはなぜかいつもなら1本目には絶対タイムを切れるはずなのに切れませんでした。動揺をかくしきれないまま、6本目になりました。まだきれません。ぼくはあきらめかけました。ほかの先ぱい方でも、まだ切れていない人がたくさんいました。もうダメだという空気が流れ始めていた時、山形のコーチの一人が「まだあきらめるな」と声をかけてくれて、ちょっとふっ切れました。そして、7本目、平均タイムまであと0.5秒弱になりました。それからもう3本をかけて、10本目でやっと1本切れました。ぼくはそれから11本目、12本目と切りました。その時はもう体が自動的に動いていました。そしてまた13本目から地獄が始まりました。19本目までまったく切れません。体が鉛になっていました。しかも、その鉛は錆びている感じでした。ラスト1本、もうこれは切るしかないと思いました。コーチたちもぼくたちに気合をかけてラストが始まりました。最初の25メートルではまだいけると思いました。ターンをして50メートルでつかれ始めました。ターンをして75メートル、からだにある血の流れがジュワジュワ感じられてきました。もうどうにでもなれと思いながら泳ぎました。タイムは切れました。その時はうれしさ半分、つかれ半分でした。
 その後すぐ終わっては体がおかしくなるので、50メートルを20本泳いで体をほぐしました。そして、やっと練習が終わりました。もうくたくたでした。しかし、達成感がありました。
 ぼくはこの合宿を通して、限界に挑むということを学びました。




◎ 合宿の規模がよく分かる。ずいぶん大がかりなのだね。



◎ プールの場所と大きさが書かれているのもよい。





← ……一番楽だったように思えます。
◎ 合宿の山場を初めのほうのここにもってきているのはよい。
 ここを分かりやすくするために、「コーチたちが……渡しました」の後を、順序も入れ替え、次のようにしてみよう。
← その時のメニューはいたってふつうの100メートル20本でしたが、ぼくはその時、この練習は本当にやるのかと思いました。その内容は今までにないものだったからです。











← ぼくはいつもなら1本目には絶対タイムを切れるはずなのに、なぜか切れませんでした。









← しかし、13本目からまた地獄が……。

 見違えるような作文になったが、それにしても、想像を絶するようなハードな練習である。
よく堪えたものである。

 「NHK杯」での秋平くんの力泳ぶりについて、こちらへ。

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『変化球の曲がり方』(小6 小濱尊之)

 尊之くんは少年野球チームに所属し、主にピッチャーをやっていた。'06年6月現在、中学1年生である。
 題は初め『変化球はなぜ曲がるのか』であったが、書き直しの時に標記のように変更した。

はじめの作文 添削例・諸注意
 僕は、野球をやっています。守備の位置はピッチャーです。中学では変化球が投げられます。僕は変化球がなぜ曲がるかが気になって、中学で野球をやる前に知りたかったので調べました。
 変化球はいろいろな名前があります。カーブ、スライダー、フォーク、シュートなどたくさんあります。なので大きく4つに分けます。一つ目は右バッターからにげる球、二つ目は右バッターに近づいてくる球、三つ目はバッターが打つときにストンと球、四つ目は、直球を投げるうでのふりの速さと同じうでのふりで投げるおそい球です。
 一つ目の球について、これはいくら調べても載っていなかったので、僕の予想を書きます。外ににげる球は、カーブ、スライダーなどがあります。これらの変化球は外回転をかけます。遠心力で外に力がにげてしまいます。ここでカーブの投げ方を紹介します。
     (以下、約150字分を省略)

← 小学生チームでは変化球は投げられませんが、中学へ行けば投げられます。

← 変化球にはいろいろな種類があります。

※ ここではカーブ、シュート、フォークの3つにしぼって調べてみよう。







※ 紹介などする前に、しっかり調べよう。

 「自分の予想をもとに投げ方を紹介しようなどとは、もってのほかだ」と叱ると、尊之くんは頭をかいた。
「本を読んでも分からなければ、コーチに聞いてごらん」と言うと、
「そうします」と言って、一週間後に新たに書いてきた。
親切なコーチがいたものと見える。手取り足取り教えてくれたようだ。
 以下は、その新しい作文を書き直したものである。
点の打ち方等の細かな所を直したほかは、ほとんど元のままである。

書き直した作文
 僕は野球をやっています。ポジションは主にピッチャーです。小学生チームでは変化球は投げられませんが、中学へ行けば投げられます。僕は、変化球はどうすれば曲がるのか気になっていたので、中学で野球をやる前に知っておこうと思って調べました。
 変化球には、大きく分けて、カーブ、シュート、フォークの3つの種類があります。右投げのピッチャーが右打ちのバッターと対戦する時を例に考えると、1つ目のカーブは、バッターに対して外ににげる球、2つ目のシュートは、その反対に、バッターに近づいていく球、3つ目のフォークは、バッターの手前でストンと落ちるような球です。
 いろいろ調べてみましたが、よく分かるような説明がまだ見つかりません。そこで、コーチに聞いてみました。コーチはボールのにぎり方や投げ方から教えてくれました。
 カーブは、ボールの真ん中あたりに人差し指を置いて中指をそえ、ボールに時計回りの回転を与えるようにして投げ下ろします。すると、ボールは打者の手前で真ん中から外へ逃げるように曲がります。
 そこで、なぜ曲がるのかということですが、コーチはホップする球のことから話してくれました。例えば西武ライオンズの松坂投手の真っすぐな球は、打者の手前でぐっと浮き上がるように見えます。ボールはもともとどれも空気を突き破って、あるいは、切り裂いて進むのですが、松坂投手はストレートを高めに投げるとき、人差し指と中指でボールを手前に強く押さえてボールにこちら向きの回転を与えます。そうすると、ボールは打者の手前あたりで壁にぶつかったようになり、その壁を越えようとします。その時、ボールは壁を登るような感じでホップするのです。
 これと同じように、カーブの場合は壁にぶつかって左に移動しようとします。だから、外に逃げていくように見えるのです。カーブの仲間にはスライダーがあります。これは、カーブが落ち気味に曲がるのに対して、横にすべるように曲がります。これは投げ方によって違ってくるのですが、曲がる原理はカーブと同じです。
 シュートの場合は、カーブの逆であると考えれば理解できます。この仲間にはスクリューボールがあります。
 フォークボールは、カーブやシュートとはちょっと違って、ボールに回転を与えないことによって変化させます。投げ方は、人差し指と中指の間にボールを突き刺すようにはさんで、ボールがすっぽぬけるように投げます。そうすると、ボールは回転しないで飛んでいきます。ボールが遠くに飛ぶのはボールが回転しているからなのですが、フォークボール場合、打者の近くまではストレートと同じ速さで進むものの、ボールが回転していないため、スピードは長くは続かず、失速します。その時、空気の壁にぶつかり、引力がはたらいて、ボールはストンと落ちるのです。この仲間にはナックルボールやシンカーがあります。
 ボールが曲がったり落ちたりする原理が分かったので、これからいろいろな球種を身につけていこうと思います。しかし、コーチに、ピッチャーはストレートが速くなくてはいけないと言われました。変化球に頼るよりもストレートで勝負できるピッチャーになろうと思います。

 尊之くんは私立中学に進んだ。すぐに野球部に入ったのは言うまでもない。
ところが、グラウンドが少し離れた所にあるため、勉強道具と野球用具の二つのバッグを提げて
移動しなければならない。そのためか、毎日がくたくたのようだ。
だが、それで音を上げるそぶりはない。楽しい中学生活を送っている。

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『フリークライミング』(中2 高橋弘太郎)

 弘太郎くんは中学2年生。
部活では剣道部に入っているが、お父さんが山登りが好きなようで、
小学生の頃から南アルプスの北岳などに連れていってもらっている。
今回はフリークライミングのトレーニングジムに行った話である。
 

はじめの作文 添削例・諸注意
 5月6日金曜日、僕は昼ごろフリークライミング屋にお父さんといっしょに自転車で行きました。
 フリークライミング屋に着き、ロープを使ってやるほうとロープを使わないでやるほうがあったので、僕たちはロープを使うほうに決めました。クライミング用のくつをはき、ロープを引っかけるベルトをして、いよいよやることになりました。ロープを使う所は7つあり、そのうちの3つの所が一人でできる所でした。そのほかの4つは体重のちがいがあまりない2人でやる所なので、僕とお父さんではだめでした。僕は始めに4つのうちで一番簡単な所の黄をやりました。黄とはシールの色のことで、このシールの色でどのくらい難しいか分けてあり、黄はだいたい中くらいの難しさの所です。
 僕はロープについているカラビナをベルトにセットしました。そして登り始めました。このコースは手は限定で、足は自由です。手はのっけられるところ定められていますが、手をひっかけやすいホールドばかりで、すぐ登れました。体をならしたところで次にもう少し難しい2番目に簡単なのをやりました。これは前にやったのと手と足が限定か自由かは同じでした。このコースは持ちやすいホールドなのですが、ホールドとホールドの間かくがはなれていたり、たまにつかみにくいホールドがまざっていたり、登る面が真っすぐだったりして、けっこうつかれました。つかれたので少しベンチの所で休むことにしました。5分ぐらい休んでそして次に2番目ぐらいに難しい色のをやりました。このコースはのぼる高さはものすごくはないのですが、もつところがMONOの消しゴムくらいの大きさのホールドしかなくホールドと手がはなれそうになるし、ジャンプしなければとどかない所もホールドが小さいのでジャンプしたときホールドがこぶしぐらいあったのでよかったのですが、もっと小さかったらつかめずにおちてしまうような所もありました。ずっとつかまっていたりもしたのでなんとかのぼきったときには、ものすごくつかれて手がいたくなっていたので、けっこう休んでから、あとはすごく簡単なところをやっていました。時間が来て帰ることにしました。
 今日はいままでできなかったのができてよかったです。
← フリークライミングジムへ
← 父と





← ベルトを腰につけ、


※ シールの付いている小石のことをホールドというのだね。それが無数に壁に埋め込まれているわけだが、そのことと、色によってクライミングのルート(コース)が示されていることを説明しておこう。
 また、ジムの中の様子や壁の高さなども説明しておくといいね。壁の高さは、あれは10メートルもあるのだろうか。

← 体をならしたところで、次にもう少し難しい、2番目に簡単な






※「5分ぐらい休んで……」で改行する。

※ 一文が長すぎるので、短く切ってつなごう。
← ……ジャンプしなければ届かない所もありました。




← 手がいたくなっていました。そのあと少し休んで、すごく簡単な所をやって帰りました。
 

 このようなトレーニング施設は元来、岩壁を素手で登るクライマーの練習のためのものであったが、
次第に渓流釣りの人たちにも利用されるようになり、今では単なるトレーニング用に、
あるいは、遊びとして利用されてもいるようだ
。弘太郎くんはこの作文に続いて、友だちと誘い合わせてジムへ行った話を書いている。

書き直した作文
 5月6日金曜日、昼ごろ父といっしょにフリークライミングジムへ行きました。自転車で5分くらいの所にあります。ジムは教室ぐらいの広さで、四方の壁にはホールドと呼ばれる、いろいろな形の小石がいっぱい埋められています。壁の高さは高い所で8メートルぐらいあります。
 ジムに着いて、ロープを使うクライミングとロープを使わないクライミングがあったので、僕たちはロープを使うほうに決めました。クライミング用のくつをはき、ロープを引っかけるベルトを腰に着けました。ロープを使う所は7つあり、そのうちの3か所が一人でできる所でした。そのほかの4つは、体重のちがいがあまりない2人でやる所なので、僕とお父さんではだめでした。僕は初めに4つのうちで一番簡単な黄色のコースでやりました。ホールドに色のシールがはってあり、シールの色でどのくらい難しいか、コースを分けてあります。黄はだいたい中くらいの難しさのコースです。
 僕はロープについているカラビナをベルトにセットしました。そして登り始めました。ホールドに沿って手は限定されていますが、足は自由です。ホールドは手をひっかけやすいものばかりで、すぐ登れました。体をならしたところで、次にもう少し難しい、2番目に簡単なのをやりました。このコースは、ホールドは持ちやすいのですが、ホールドとホールドの間が離れていたり、たまにつかみにくいホールドがまざっていたり、また、登る面が垂直だったので、けっこうつかれました。少しベンチで休むことにしました。
 5分ぐらい休んで、次に、2番目ぐらいに難しい色のコースでやりました。このコースは、登る高さは大したことはないのですが、ホールドが消しゴムくらいしかなく、手が離れそうになるし、ジャンプしなければとどかない所もありました。ジャンプしたときホールドがこぶしぐらいあったのでよかったのですが、もっと小さかったらつかめずに落ちてしまうところでした。何とか登れましたが、ずっとつかまっていたので、登りきったときにはものすごくつかれて、手がいたくなっていました。
 少し休んで、すごく簡単なところをやって帰りました。今日は今までできなかったところができて、いい気分でした。

 フリークライミングといえば、世界最強のクライマーと呼ばれる山野井泰史さんも、
奥多摩の自宅にホールドのついた壁を設置している。
弘太郎くんもお父さんから聞いて、山野井さんの名は知っていたので、
山野井さんのことが放映されるとビデオを録り合うなどして、話題を共有している。

 なお、山野井さんのことは「トピックス」の『ある出版祝賀会』
中学生の手になるインタビューレポートに掲載している。こちらへ。

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『サッカーの初夏大会』(小5 滝澤祐馬)

 祐馬くんは野球で活躍している。その模様は「作文ワールドU」のこちらで。
その一方、サッカーでも主力として活躍している。
 ただし、ここに紹介するのは、活躍ぶりもさることながら、書き方の優れた点を見てもらいたいがためである。

はじめの作文 添削例
 6月の24日に五小でサッカーの試合がありました。その大会は、10チームを3つのグループに分けて、勝ち点で争います。ぼくたちのいるBグループは3チームなので、1チームしか決勝トーナメントに行けません。Aグループだけ4チームなので、2チーム上がれます。
 その日の相手は五小でした。ぼくは先発でフォワードでした。五小は優勝こうほなので、勝てるかと心配しました。試合が始まって、ぼくは積極的にボールを打とうとしたけれど、相手のディフェンダーにとめられて、なかなかシュートが打てませんでした。逆にカウンターをされて、決められそうになったけれど、クロスバーに当たって、入りませんでした。そして、ぼくはシュートを1本も打てずに前半が終わってしまいました。そしてハーフタイムが終わって、後半が始まりました。始まって少ししたら、ぼくの初シュートが打てました。でも、キーパーにとめられてしまいました。それからぼくはシュートを5、6本打ちました。わくには全部いったけれど、キーパーにとめられてしまいました。そして、後半が終わってしまいました。結果は0対0の引き分けだから、PK戦があると思ったけれど、勝ち点戦なので、ありませんでした。次の相手は四小です。四小に負けたら終わりです。ぜったいに勝つぞ!と思いながらねました。
 次の日、朝10時に四小に行って試合をやりました。ぼくは、前半はベンチでした。ベンチで見ていたら、20秒もしないで、1点を取りました。そして、あと2点取って前半が終わりました。後半ぼくは浜野君と交代して出ました。そして5分ほどしたら、平野君がけったコーナーキックをぼくが頭で合わせて決めました。そのあとも3点取って、7対0で圧勝しました。
 そのあと五小と四小の試合が1対1なので、僕たちが勝ち点4、五小が2、四小が1となりました。だから、ぼくたちが決勝トーナメントに進出しました。決勝トーナメント1回戦は7月2日に八小とです。ぜったいに勝ちたいです。














※「終わってしまいました」の後に「0対0です」と入れて、改行する。




※「そして」のところを「ずっと攻めていましたが、シュートが決まらないまま」とでもして、「後半が……」につないで改行する。
← 勝ち点制
←「ぜったいに勝つぞ!」






← 5分ほどして、


← 1対1だったので、

 どこが優れているか。言うまでもなく、第1段落である。
大会の方式と組み合わせが導入部で示されているため、その後の展開が理解しやすくなっている。
得点経過の記述も簡にして要を得ている。それでいて、自分の出た場面を忘れずに記している。
いわば「大会の中の自分」の姿を描いてもいるのである。

書き直した作文 添削例・諸注意
 6月の24日に五小でサッカーの試合がありました。この大会は、10チームを3つのグループに分けて、勝ち点で争います。ぼくたちのいるBグループは3チームなので、1チームしか決勝トーナメントに行けません。Aグループだけ4チームなので、2チーム上がれます。
 その日の相手は五小でした。ぼくは先発でフォワードでした。五小は優勝こうほなので、勝てるか心配でした。試合が始まって、ぼくは積極的にボールを打とうとしたけれど、相手のディフェンダーにとめられて、なかなかシュートが打てませんでした。逆にカウンターをされて、決められそうになったけれど、クロスバーに当たって、入りませんでした。そして、ぼくはシュートを1本も打てずに前半が終わってしまいました。0対0です。
 ハーフタイムが終わって、後半が始まりました。始まって少ししたら、ぼくの初シュートが打てました。でも、キーパーにとめられてしまいました。それからぼくはシュートを5、6本打ちました。わくには全部いったけれど、キーパーにとめられてしまいました。ずっと攻めていましたが、シュートが決まらないで後半が終わってしまいました。
 結果は0対0の引き分けだから、PK戦があると思ったけれど、勝ち点戦なので、ありませんでした。次の相手は四小です。四小に負けたら終わりです。「ぜったいに勝つぞ!」と思いながらねました。
 次の日、朝10時に四小に行って試合をやりました。ぼくは、前半はベンチでした。ベンチで見ていたら、20秒もしないで、1点を取りました。そして、あと2点取って前半が終わりました。後半、ぼくは浜野君と交代して出ました。5分ほどして、平野君がけったコーナーキックをぼくが頭で合わせて決めました。そのあとも3点取って、7対0で圧勝しました。
 そのあと、五小と四小の試合が1対1だったので、僕たちが勝ち点4、五小が2、四小が1となりました。だから、ぼくたちが決勝トーナメントに進出しました。決勝トーナメント1回戦は7月2日に八小とです。ぜったいに勝ちたいです。

 この後のことは「夏の大会準決勝・決勝」という題で書かれている。
4チームがトーナメント戦に進んだわけだから、準決勝からである。
 祐馬くんはフル出場して、準決勝は3対1で勝ったが、決勝は5対5の後、PK戦で敗れてしまった。

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『遠泳検定』(小6 権英毅)

 題は最初「検定」だった。

はじめの作文 添削例・諸注意
 僕は5日間7月19日〜7月23日愛知県の伊良湖みさきまで行ってきました。僕はその日をまちにまっていました。みんなとの集団生活がいちばんの楽しみでした。そして三日間がすぎ四日目の朝がきました。朝食を食べ終えて浜辺に下りたときまでは、三日目に泳ぎきったので自信があったのですが、一級の人達が泳いでいる時間があまりにも長いため、その2分の1の時間だと考えても長く感じるので遊んでいました。とうとう1級の人達が泳ぎきってしまいました。
「うわ〜、とうとう泳ぐ時がきたか」と泳げるかどうか不安と心配でドキドキでした。そして泳ぎ始めました。ずいぶんと引き潮だったので、練習の時よりも水草がすぐそこまでのびているようでした。しかし何十分か泳いでもちっともつかれません。やはり海だからうかびやすいんだなと思いました。その時は楽しいと思っていただけで、練習の時こわがっていたクラゲなど気にもしませんでした。しかしここで問題が発生しました。おなかがいたくなってきたのです。それでものびたり、おさえたりして工夫をして泳ぎました。そんなことをしていると泳ぎ終わっていました。少し注意されたけれども、泳ぎきれたのでうれしかったです。あとはうかっているかどうかです。そして最後の日です。2班の先生の所へ行って賞状がもらえるか待っていました。すると名前がよばれてもらいにいきました。うれしかったです。8年生の時に行くときは、8年生しか受けられない1級にうかりたいです。
※ 臨海学校で行ったのかな。

← ……楽しみだからです。
※「三日間」で改行し、1文目の後に「この日は遠泳の検定があります。5,000メートルを泳ぎます」とでも補っておこう。
← あまりにも長いため、集中力が切れそうになりました。しかたがないので、気晴らしのために……
← 1級の人達が泳ぎ終わって、僕達2級の番になりました。
← フエが鳴って50人がいっせいに泳ぎ始めました。目標は5,000メートル先の赤いブイです。




← しかし、半分くらい泳いだところでおなかがいたく……


※「少し注意された」で改行する。


← すると、名前が呼ばれました。2級合格です。
※「8年生の」で改行。

 どうやら、臨海学校で遠泳をしてきたようだ。

書き直した作文
 7月19日〜23日の5日間、僕は臨海学校で愛知県の伊良湖岬まで行ってきました。僕はその日を待ちに待っていました。みんなとの集団生活がいちばんの楽しみだからです。
 3日間がすぎ、4日目の朝がきました。この日は検定があります。30分間泳ぎます。朝食を食べ終えて浜辺に下りました。そのときまでは、3日目に泳ぎきったので、自信があったのですが、1級の人達が泳いでいる時間があまりにも長いため、集中力が切れてしまいました。気晴らしのために遊んでいました。とうとう1級の人達が泳ぎ終わって、僕達2級を受ける人達の番になりました。
「うわ〜、とうとう泳ぐ時がきたか」と泳げるかどうか不安でドキドキでした。フエが鳴って、20人がいっせいに泳ぎ始めました。とにかく30分間泳ぎ続けます。ずいぶんと引き潮だったので、練習の時よりも海草がすぐそこまでのびていました。何十分泳いでもちっともつかれません。やはり海だから浮かびやすいんだなと思いました。その時は楽しいと思っていました。練習の時こわがっていたクラゲなど気にもしませんでした。しかし、途中、半分くらい泳いだところでおなかがいたくなってきました。それでものびたり、おさえたりして工夫をして泳ぎました。そんなことをしているうちに、何とかゴールインできました。
 少し注意されたけれども、泳ぎきれたのでうれしかったです。あとは受かっているかどうかです。最後の日、2班の先生の所へ行って賞状がもらえるか待っていました。すると名前がよばれました。2級合格です。
 8年生の時には、8年生しか受けられない1級に受かりたいです。

 遠泳といっても、距離やタイムを競う競技ではないようだ。それにしても、今どき珍しい学校である。
 この学校は小中一貫校で、教育方針を見ると、
「学力・情操・体力、そして、心身のバランスのとれた高い人格の形成をめざす」とある。
遠泳はその一環として行われているようだ。

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『なわとび大会』(小5 吉岡 純平)

 すごい行事の行われている学校がある。それを紹介しよう。
 純平くんは6年生。これは5年生のときの記録である。

はじめの作文 添削例・諸注意
 ぼくたちの学校には、各学年、年に一度、なわとび大会がある。第5学年は、2月28日に行われた。内容は、個人種目、二重とびリレー、大なわがあった。
 個人種目は、前とび、後とび、前ステップとび、後ステップとび、前あやとび、後あやとび、前交差とび、後交差とび、連続わざA(前とび4回、前あやとび4回、前交差とび4回で1回)、前二重とび、後二重とび、前はやぶさとび(前あやとびの二重とび版)、後はやぶさとび(後あやとびの二重とび版)、前つばめとび(前交差とびの二重とび版)、後つばめとび(後交差とびの二重とび版)、三重とび、連続わざB(前二重とび3回、前はやぶさとび3回、前つばめとび3回で1回)の中から得意なものを3つ選び、3分以内の回数で競う。
 二重とびリレーはクラスを19人と19人の2チームに分けて、計6チームで競う。1番手の人からアンカーまで順番にとび、時間が長かったチームの勝ちだ。大なわはクラス対抗で、3分間にとんだ回数を数える。
 個人種目にぼくは、後ステップとびと後あやとびと後交差とびにエントリーした。後ステップとびは、力みすぎてひっかかってしまった。後あやは、ぼくが最も得意なもので、昨年の大会では3分間218回で1位だった。でも、今年は2分53秒でひっかかってしまった。しかし、323回という最高記録が出た。後交差とびは、つかれが残っていたせいか、すぐひっかかってしまった。
 二重とびリレーで、ぼくは3組の赤というチームになった。げきとうをくりひろげた結果、3位になれた。大なわは、毎日の練習のおかげで、284回という新記録が出て、1位になれた。
 このなわとび大会はだいぶよい思い出になったと思う。

← 年に一度、学年別に……

← 競技は、……の3つだ。



◎ 競技種目の挙げ方が手際よく、実にきれいだ。













← ぼくは個人種目で、〜と〜、〜にエントリーした。



◎ すごい回数だねぇ。




← 接戦になったが、3位に……。

◎ これもすごい。
  大なわは近所の中学校の運動会で見ることもあるが、せいぜい80回くらいのようだ。

 ユニークで、素晴らしい行事だが、何より記録がすごい。こんな記録はどうやって生まれるのだろう。
 作文自体は手際よく書かれている。書き直すほどのことはないので、
どんな練習をしているのか、学校ではどんな取り組みをしているのかを書いてもらった。

 「なわとび」という題で送られてきた。

取り組みについて書いた作文 添削例
 ぼくは2年生の時まで、なわとびにはまったく関心がなかった。しかし、3年のなわとびの授業で、後とび最高記録の609回をマークしたことで、数を競い合うライバルができたことがきっかけで、なわとびに興味がわいてきた。
 ぼくたちの学校には、一年に一度、学年別になわとび大会がある。この大会のルールは、学年ごとに決めることができる。でも、競技種目は決まっていて、個人種目と大なわ、二重とびリレーは入れることになっている。また、その大会の時は授業参観になっている。
 体育の授業では、前半が大なわか短なわの練習時間になっている。また、たまに筑波大学のなわとびの名人がやってきて教えてくれる。そのほか、放課後などは児童館で自分の得意なとびかたや、むずかしいとび方の練習をする。
 ぼくはまず、児童館で後あやを集中的にきたえた。児童館に来ている子などと競争して、2回から3回、5回、15回、20回、45回、62回、90回、111回というように、記録を作っていった。そうするうちに、後あやと後交差がみるみる上手になっていった。
 3年生のなわとび大会では、後とびでライバルをたおし、みごと1位にかがやいた。4年生からは、後あやとびと後交差とびの種目に出てみた。すると、後あやとびは最高記録の218回を出して1位になり、後交差では最高記録の286回で1位になった。5年生では、後あやとびで323回をマークして1位になった。
 このような記録は、自分でもすごいと思う。でも、来年はまた、もっとすごい記録を出そうと思う。


← 後とびで609回の最高記録をマークし、また、数を競い合うライバルができたことがきっかけで、


← 学年ごとに少しちがうが、競技種目は決まっていて、


← 前半は大なわか短なわの練習をする。
※ 後半は、球技などをするのかな。




 それにしても、超人的な記録としか思えない。

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『応援団』 (小6 加藤竣也)

 竣也くんは、ふだんは町のクラブでバスケットボールをしている。

 

はじめの作文 添削例・諸注意
 9月27日土曜日、運動会があった。ぼくは応援団だ。
 応援団の練習は8日から始まった。応援団は5・6年は1クラス6人ずつ、4年は4人ずつ、合計52人がなれる。ぼくの学校は赤組、白組の2つで戦うので、赤組26人、白組26人ずつだ。ぼくは赤組だった。応援団には団長、副団長、旗もち、太鼓、巨大うちわの役がある。ぼくは旗をやりたかったから手を挙げた。もう一人いたので、残って実際に旗をふって、先生に決めてもらうことになった。結果、ぼくが落ちてしまった。団長は林くんだった。次の練習では拍子とコールを決めた。拍子は3・3・7拍子と3・3・1・1・3、7・7拍子、レッツゴー拍子にした。コールは赤組コール、ファイヤーコールだ。拍子はピッピッピ、ピッピッピ、ピッピッピッピッピッピッピというような感じでやる。
 あとは2週間練習して本番かと思ったら、1週間目の初め旗もちだった子が足をけがしてぼくがかわりに旗をやることになった。旗は風が強い日だとものすごく重く感じた。1週間練習をして本番になった。 本番、ぼくは旗をうけついだこともあって、いっしょうけんめい旗をふった。ぼくの役割は拍子やコールで旗を8の字にふるのと、応援合戦の最後にやるウェーブでトラックを白の旗と交差させて走るというものだ。団長の
「応援団入場」
というかけ声でグランドにならんだ。ぼくは一番後ろで旗をふる。風が強くて旗をふるのがたいへんだった。拍子もコールも終わって白組の応援が終わると、ついにウェーブだ。応援団はトラックのコースのところにならんだ。ぼくは旗をもち白組の旗の子と3,4コースに入り走り始めた。ぼくらが走ると白組の1年から順に「ウォー」と言いながら立っていく。ウォーという声で旗のバタバタする音も聞こえなかった。
 家に帰るとお母さんもお父さんもウェーブをやることを知らなかったらしく、
「すごかったよぉ」
と言ってくれた。お母さんの話だと、弟の友達が「6年生になったら旗をやりたい」と言っていたらしい。
 運動会では赤が負けてしまったけど、最後の運動会だったからよかった。 


※ 1学年何クラスなのだろう。

← 赤組、白組に分かれて戦うので、
← はじめに、団長、……を決めた。


※ その結果、きみは何の役になったのかな。

※ コールのことは「ピッピッピ、」の後に回して、その説明を入れる。
← 拍子は、ピッピッピと笛に合わせて手拍子を打つ。



← 本番の日、開会式の後、競技が始まる前に応援合戦がある。








※ 赤白の応援団はそれぞれどんなふうにならんだのかな。応援席の位置やウェーブの様子なども具体的に書いてみよう。








※ 何がよかったのかを具体的に書こう。「よかった」という言葉を使わずにね。

 これだけでも感動の様子がかなり感じられるが、
最後に旗を交差させて走るところをクライマックスにして盛り上がるよう、
グランドを取り囲む光景なども具体的に書くよう勧める。

書き直した作文
 9月27日土曜日、運動会があった。ぼくは応援団だ。
 応援団の練習は8日から始まった。応援団には、5・6年は各3クラスで1クラス6人ずつ、4年は4クラスで4人ずつ、合計52人が出る。赤組、白組の2つに分かれて戦うので、赤白それぞれ26人ずつだ。ぼくは赤組だ。はじめに、団長、副団長、旗もち、太鼓、巨大うちわ、うちわ、ボンボンの役を決めた。ぼくは旗をやりたかったから手を挙げた。もう一人いたので、実際に旗をふって、先生に決めてもらうことになった。その結果、ぼくは落ちて、うちわになった。団長は林くんだ。
 次の練習では拍子とコールを決めた。拍子は3・3・7拍子と3・3・1・1・3、7・7拍子にし、「レッツゴー拍子」というのを考えて加えた。拍子は、例えば、ピッピッピ、ピッピッピ、ピッピッピッピッピッピッピと、笛に合わせて手拍子を打つ。コールは「赤組コール」と「ファイヤーコール」というのを考えた。これは「赤組、赤組、がんばるぞ。がんばるぞ。白組なんかに勝たせない。赤組ぜったい優勝だ。オー」と、「ファイヤ、ファイヤ、ファイヤー、ファイヤー、ファイヤー、ファイヤー。赤は無敵、赤は無敵、優勝ねらえ、優勝ねらえ。ファイヤー、ファイヤー、ファイヤー、ファイヤー、ファイヤー、ファイヤー、ファイヤー、ファイヤー。それ、それ、それ、優勝だ。オー」だ。
 2週間練習して本番だと思っていたら、あと1週間という時になって、旗もちだった子が足をけがして、ぼくがかわりに旗をふることになった。旗は風が強い日だとものすごく重く感じた。
 本番の日、開会式の後、競技が始まる前に応援合戦がある。ぼくの役割は拍子やコールで旗を8の字にふるのと、応援合戦の最後のウェーブでトラックを白の旗と交差して走るというものだ。団長の
「応援団入場」
というかけ声でグランドに並んだ。ぼくは一番後ろで旗をふる。風が強くて旗をふるのがたいへんだった。拍子もコールも終わって白組の応援が終わると、ついにウェーブだ。応援団は赤白それぞれのトラックの1コースのところに並んだ。ぼくは白組の旗の子と赤白の境い目の3,4コースに入って旗を十字に交差させてグランドを走り始めた。白組の前を通ると、白組は1年から順に「ウォー」と言いながら立っていってウェーブを作る。ウォーという声が大きくて、旗のバタバタする音も聞こえなかった。本部席や父母席の前を半周して、赤組の前を通った。「ウォー」という歓声が上がってウエーブが起こっていく。白組との境い目でウェーブは終わった。
 家に帰ると、お母さんもお父さんもウェーブをすることを知らなかったらしく、
「すごかったよぉ」
と言った。お母さんの話だと、弟の友達が「6年生になったら旗をやりたい」と言っていたということだ。
 運動会では赤が負けてしまったけど、最後の運動会でほめられたから、いい気分だった。 









← もう一人希望者がいたので、


































← 旗を十字に交差させた。そして、太鼓の連打で、旗を交差させたまま走り始めた。


← 赤組の前にさしかかった。

 臨場感があるというのは、こんな作文のことだろう。

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10『クラス対抗リレー』 (中1 宮崎晃輔)


新中学1年生には春休みに、特に私立では、
「小学生の時にがんばったこと」、「小学生時代の思い出」とという題で
作文が課されるようだ。
そこで、それらの課題の参考のため、一例を紹介しよう。

寸評(書き方のヒント)
 5年生の秋、運動会でクラス対抗リレーがありました。松・竹・梅の3組をそれぞれ紅白に分け、6チームで競走しました。ぼくは梅組の白組でした。1チームは約20人で、男女半々です。
 練習は5月ごろから始めました。まず、一人一人のタイムを計りました。リレーの時の順番を決める参考にするためです。50メートルを走って、ぼくは約10秒でした。ぼくは足が遅いほうですが、速い人が4,5人いました。
 しばらくの間は組体操の練習で、リレーの練習はできませんでした。6月になって、バトンのわたし方の練習を始めました。これはうまくいくとタイムをちぢめることができます。わたす人も受ける人も全力で走り、わたす人はバトンを左手に持って、受ける人の右手にわたします。二人とも全力で走るのが理想ですが、実際にはなかなかスピードが出ません。初めのうちは、受ける人に「走れ!」と言っても、わたす人が走ってきて疲れているので、受ける人はゆっくり走り出さなければなりません。受ける人が早く走りだすと、わたす人が追いつけないので、受ける人がじっと待っていることもよくありました。でも、だんだんうまくバトンタッチができるようになりました。うまくなってくると、勝とうという気持ちが出てきて、チームがまとまっていきました。走る練習にも一人一人が一生懸命取り組みました。もちろん、ぼくもがんばりました。
 2学期になると、運動会まで1か月しかありません。いろいろな種目の練習の合間に一生懸命走ったり、バトンタッチの練習をしたりしました。
 10月1日、クラス対抗リレーはプログラムの終わりから2番目でした。入場行進をしているとき、だんだん緊張してきました。ぼくは15番目くらいに走ります。順番は出席番号順にしました。予行練習のとき、とりあえずその順番で走ったら1位になったので、本番でもその順番で走ろうということになりました。全員の意見がほとんど一致していました。心が一つになっていたので、勝てる予感がしました。
 レースは、足の速い人が最初のほうを走ったので、スタートからずっと1位でした。バトンタッチもスムーズにいって、ぼくたちのチームはすいすいと走ってぼくの番になりました。ぼくはバトンを右手に受けて左手に持ちかえ、気持ちよく先頭を走り、抜かれることもなく次の人にバトンタッチしました。チームはそのまま1位でゴールインしました。
 足の速い人がいたから勝てたと言えますが、全員のバトンタッチがスムーズにいったことも勝因の一つだったと思います。ぼくはチームのために勝とうと思って練習したので、足が少し速くなりました。

                   (以上、約1200字)
   
○ いつのことか、これが大事。

○ チーム構成がよく分かる。これによって、レースの様子も想像できる。


○ レースの結果ではなく、どんな練習をしたかというところに、「がんばった」様子がうかがわれる。



○ バトンタッチの方法にとどまらず、実際にはそれがどんなに難しいことであったかが、具体的に、臨場感をもってよく描かれている。

 それゆえに、できるようになってきた喜びと、それが意欲へと盛り上がる様子には現実味がある。











○ プログラムによるリレーの位置づけもよい。
   自分の順番を示しているのもよい。

○ 走る順番の決め方はユーモラスでさえある。





○ 後ろに5人を従えて、気持ちよく走っている様子が目に浮かぶ。




○ 勝利はバトンタッチの練習の成果であるということからは、全体を貫く心棒のようなものが感じられる。
  


晃輔くんは現在、テニス部で練習に明け暮れている。

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11..『感動の四段タワー』  (中T 安田萌香)


この作文は少し長いので、書き直したほうだけを紹介しよう。

萌香さんは都内の区立中学に通っている。

書き直した作文 添削例・諸注意
 5月21日(土)、中学校に入って初めての運動会で、ちょっと変わったことがありました。プログラムが進んで、午後の部の終わり近くで、男子全員の組体操になりました。
 組体操のハイライトは3年生の四段タワーですが、3日前の練習で、上げている途中、3段目の人たちが形を崩してしまい、4段目の子が頭から床に落ちたという事故がありました。救急車を呼ぶほどだったので、本番では四段タワーは中止になってしまいました。
 当日、組体操のラストの技が終わって、男子全員が整列したとき、3年生の一人がいきなり体育の先生に向かって、「4段タワーをやらせてください」と言いました。すると、全員が「お願いします」と言いました。先生は困ったような顔をしていましたが、すぐに「分かった。よし、では、やってみろ」と言いました。3年生は「ありがとうございます」と言って、それぞれ自分の場所に散っていきました。4段タワーが1つと、その周りに3段タワーが4つできます。1、2年生はその周りに座っていました。4段タワーの一番上に乗る人について、先生が「やりたいやつは手を挙げろ」というと、5、6人が手を挙げて、そのうちの1人が選ばれました。
 3年生が位置につくと、先生達が全員タワーの所にかけ寄って、1人が輪の中に入りました。もしもの時に備えて、一番上の子が落ちてくるのを受け止めるためです。1段目の12人が肩を組んで座り、その上に2段目の6人が乗って肩を組んで座り、その上に3段目の3人が互いの肩に手を置いて座り、その上に4段目の1人がよじ登って座りました。先生の笛の合図で、1段目が立ち上がり、次の笛で2段目が立ち上がりました。3段目が立ち上がるとき、少し傾きました。みんな「おっ」とか「あっ」とか言って、会場がざわつきましたが、なんとか持ちこたえてしっかり立ちました。4つ目の笛が鳴って、4段目の子が立ち上がり、両手を横に広げました。いっせいに拍手がわき起こりました。そのとき、校長先生がほほえみながら、涙をぬぐっているのが見えました。
 みんなは両手を合わせて、ハラハラしながら祈るような気持ちで見ていましたが、タワーがだんだん低くなって、一番上の子が先生に抱きかかえられるように下りたとき、みんなはほっとため息をついて両手をほどきました。私は感動して、しばらく言葉が出ませんでした。2、3年生のお姉さん達はほぼ全員泣いていました。
 こんなすばらしい場面を見られて、私は恵まれていると思いました。

               (以上、約1,000字)





← 3日前の体育館での練習で、……




















◎ 人数が書いてあるので、どんなタワーができるのか、想像できる。









○ 校長先生は女性なのだってね。




読後はだれも、すぐには言葉が出ないことだろう、涙は出ても。


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12『水上スキー』 (小5 皆川海斗)


海斗くんが入門して間もない頃の作文である。

はじめの作文 添削例・諸注意
 8月13日から8月16日の間にぼくと父さんと父さんのともだち3人の合計5人で、山中湖に行きました。13日の午後10時に出発して、14日の午前1時ごろ山中湖の近くにある別荘に着きました。その日の午前3時に寝て、午前7時に起きて、9時ごろから夕方まで水上スキーで遊びました。バナナボートに乗ったりして、楽しかったです。その夜は映画を見たりして15日の午前2時ごろに寝ました。
 その日の朝は6時に起き、8時から11時までフォレストアドベンチャーで遊びました。その後は、夕方まで水上スキーで遊びました。次の日の午前4時ごろ別荘を出発して家に帰りました。



※ どんな別荘なのだろう。大きいのかな。
※ ここ(水上スキーのこと)をくわしく書こう。何が楽しかったのか、それを中心にね。


※ フォレストアドベンチャーのことは改めて書くことにして、ここでは簡単にどんなものかを書いておこう。

作文といっても、当初はメモのようなものであった。
それが、
様子を詳しく聞き出すと、次のような作文になった。

書き直した作文 添削例・諸注意
  8月13日から8月16日まで、ぼくと父さんと父さんのともだち3人の合計5人で、山中湖に行きました。13日の午後10時に出発して、14日の午前1時ごろ山中湖の近くにある別荘に着きました。別荘は森の中にあって、3階建てでした。1階はリビングとダイニングで、2階と3階に2部屋ずつありました。ぼくたちは2階で寝ました。
 その日の午前3時に寝て、午前7時に起き、朝食におにぎりを食べた後、9時ごろから水上スキーをしました。最初にバナナボートに乗りました。これはバナナの形をしたゴムボートです。1本のバナナにまたいで乗り、エンジンのついたボートで引っぱります。ぼくは一番前に乗り、後ろに大人二人が乗りました。エンジンのついたボートは父さんが運転します。エンジンがかかってボートはゆっくり進み始めました。はじめはゆっくり進んでいたので、周りの景色をながめるよゆうがありましたが、だんだんスピードが上がっていくと、しがみつくのに必死でした。波が来るたびに水しぶきがばしゃばしゃかかりました。こわいという感じでしたが、スピードが落ちるとつまらなくて、もっとスピードを上げろと思いました。湖を1周して、30分ぐらいでもとの場所にもどりました。午前中はずっとバナナボートで遊んでいました。
 お昼にやきそばを食べて、午後ははじめにドーナツボートで遊びました。これは2人乗りのゴムボートで、三角のたこのような形をしていて、2つの穴があいています。そこにお尻を入れて、両足を前に出します。これもエンジンのついたボートで引っぱってもらいます。走り出すと、お尻を下にしているよりも腹ばいになったほうがバランスがとれるので、すぐ腹ばいになりました。スピードが上がると、取っ手にしっかりつかまっていないと湖の中へ放り出されてしまいます。波が来るたびに水しぶきが痛いほど顔に当たります。それでも、スピードが落ちるとつまらないので、必死になってつかまっていました。
 午後2時ごろからウェイクボードをしました。これは、スノーボードと同じような、長さが120センチメートルぐらいのボードに乗って、両手でロープをつかんで、エンジンのついたボートに引っぱってもらいます。これがほんとうの水上スキーです。難しいのは、ボートに引っぱってもらいながらボード水の上に上げていくことです。
 その日は9時半ごろに寝て、15日の6時に起きました。朝はチーズを食べて、車でフォレストアドベンチャー行きました。20分ぐらいかかりました。そこは森の中で、いろいろなアスレチックがありました。ターザンのように、ロープで木から木へ渡るのがおもしろく、楽しかったです。
 午後は湖にもどって、夕方までバナナボートやドーナツボートに乗って遊びました。このときは、気がゆるんでいたせいか、何度も水に落とされました。
 その次の日の午前4時に別荘を出発して家に帰りました。
                   (約1250字)













← 引っぱってもらいます
← 一番前に乗って取っ手をつかみ、後ろに……





















← スピードが遅いのよりはましなので、







※ きみはうまく滑れたかどうか、それも書いておくといいね。









※ 大人の人たちはウェイ久ボードをしていたのだろうな。そうなら、それも付け加えておくといいね。
 


海斗くんはこれ以来、「具体的に書く」ことを心がけている。

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13『マット運動』 (小5 馬路ひなの)


得意なことばかりでなく、たまには苦手なことについての作文も紹介しよう。

はじめの作文 添削例・諸注意
 わたしは体育が苦手です。中でもマット運動が苦手です。いつもマット運動の時間の前は暗い気持ちです。
 五年生で出来なくてはならない技は3つあります。一つ目は逆立ちをしながら前転をする技です。二つ目は直立のままたおれて後転する技です。三つ目は側転です。
 何度も何度も練習しましたが、三つの技のうち一つもできません。クラスの友だちはとてもきれいに回れるのに、わたしは真似ができません。とてもはずかしくて、できない自分がくやしくなります。
 そこで、妹に協力してもらって、家で練習をしました。始めに力を強くするために、かえるとう立をしました。次に、実際にその技をして、妹にビデオを撮ってもらいました。ビデオを見ると、軸足が上に上がっていないことに気がつきました。
 欠点に気がついてよかったです。友だちのようにきれいに回るのをイメージしようと思います。もう苦手意識をなくせるでしょう。

← マット運動の時間の前はいつも暗い気持ちになります。

← 一つ目は〜〜技、二つ目は、〜〜技、三つ目は〜〜側転です。



← わたしはどうしてもうまくいきません。



※ どの技をしたのかな。



※ どんな練習をしたのか、その様子をくわしく書こう。

マットに両手と頭をつけて前に転がる遊びがあるが、
これがなかなかできない子がいる。どうしても、
真っすぐにいかずに、マットの外に転がってしまうのだ。
これについて尋ねると、
「それはできます」ということであった。

練習の様子を詳しく具体的に書いている間に
練習の成果も出たようだ。

書き加えた作文 添削例・諸注意
 わたしは体育が苦手です。中でもマット運動が苦手です。マット運動の時間の前はいつも暗い気持ちになります。
 五年生で出来なくてはならない技は3つあります。一つ目は逆立ちをして前転する倒立前転、二つ目は直立して後ろに手をついて回転する後転、三つ目は横に回転する側転です。
 何度も何度も練習しましたが、三つの技のうち一つもできません。クラスの友だちはとてもきれいに回れるのに、わたしにはどうしてもうまくいきません。とてもはずかしくて、できない自分がくやしくなります。
 わたしは、せめて倒立前転だけでもできるようにしたいと思って、家族に協力してもらって練習しました。始めに、手の力を強くするために、かえる倒立やかえるの足打ちをしました。次に、かべに向かって逆立ちをしたり、お父さんに足を支えてもらったりしました。妹には倒立前転しているところをビデオを撮ってもらいました。ビデオを見ると、軸足が上に上がっていないことに気がつきました。いつも時間を見つけて、ちょっとでも練習をしていました。
 体育の時間に、両手をついて床をけって足を上げたら、自然に足が上がりました。真っすぐになったと思ったとき、すぐ下にマットがあって、そこで、ひじを曲げて肩をマットにつけるようにすると、くるりと回転できました。ちょうどその時、近くに先生と友だちがいて、大きな拍手をして、自分のことのように喜んでくれました。
 小学生の間に、後転も側転もできるよう、がんばろうと思います。




















← ……気がつきました。そこで、時間を見つけては、ちょっとでも逆立ちの練習をしていました。

ひなのさんは努力家で、こんなところにもそれが表れている。


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14『中学年リレー』(小4 鴇田 琴美)

書き方のお手本のようなものを紹介しよう。
琴美ちゃんは3年生の時に入門した。

添削例・諸注意
 10月1日に運動会がありました。私は「Yo渡り上手!」「がんばろう日本! Do輪’Sベスト」「中学年リレー」「80メートル走」「大玉送り」に出ました。その中で一番うれしかったのは「中学年リレー」です。
 中学年リレーは、午前の部の一番終わりにありました。3、4年生の各クラスから男女4人ずつ出ます。男子と女子に分かれ、それぞれ赤、黄、白、青の4チームで走ります。赤と黄が赤組で、白と青が白組です。私は赤組の赤で、3番目に走ります。3年生はトラックを半周し、4年生は一周します。1周120メートルです。
 「ようい、どん」のピストルの音で、第1走者が走り出しました。赤の子がだんぜん速くて、赤、青、黄、白の順にバトンタッチしました。その順番で私のところにバトンが来ました。私はバトンを受けて、先頭を走りました。いい気持ちで走っていると、第4コーナーに差しかかるあたりで、すぐ後ろに足音が聞こえました。青が近づいてきたと思って、私はそこから全力をふりしぼって走りました。そのままぬかれないで、アンカーにバトンをわたしました。青が追い上げてきて、赤がぬかれそうになりましたが、アンカーがいっしょうけんめい走って、大歓声の中、1位でゴールインしました。私はうれしくて、みんなとハイタッチをしました。
 おべん当はお母さんたちと食べました。お母さんとゆうかちゃんのお母さんが、「よかったね」と、とてもほめてくれました。おべん当のおにぎりと、たまごやきとからあげがとてもおいしかったです。


◎ 自分の出た種目を挙げて、その中の1つに焦点を合わせているのがいいね。



◎ リレーの仕組みが分かりやすく書かれている。だから、この後の競走の様子も手に取るように分かる。








◎ まるでラジオの実況放送を聞いているような感じだ。






◎ どんなふうにうれしかったのか、その様子がよく分かる。



◎ 全力を尽くして、しかも、勝った後だから、お弁当はおいしかっただろうなあ。


実際、これは自分一人で書いたものである。
1年半の間に、
自分や他のお兄ちゃん、おねえちゃんに対するいろいろな注意をよく聞いて、
いつの間にか大事なことが消化されていたのだろう。

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運動会について書く場合の理想的な作文を紹介しよう。


15『十人タワー』 (小6 今泉 凜)

添削例・諸注意
 9月12日に運動会があった。私は、つな引きと大玉送り、リレー、組み立て体操、清里音頭、平成竹取物語、借り物競走に出場した。その中で、一番心に残ったのは組み立て体操だ。
 組み立て体操では飛行機や六人ピラミッド、十人タワーなどの技をしたが、最も達成感のあったのは十人タワーだ。十人タワーというのは三段のタワーで、一段目は六人で肩を組み、二段目は三人で六人の上に乗って肩を組む。三段目は一人で、二段目の上に乗る。私は三段目で一番上だ。練習で初めて上げた時には、みんなの立ち上がる早さがちがい、落ちそうになったが、二回目からはとてもスムーズに上がった。高く上がった時は、初めはとてもこわかったが、上からのながめはびっくりするほどよかった。
 本番の日、組み立て体操は午前の部の終わりのほうだった。十人タワーの前の技が終わって移動している時、私の心臓は口から飛び出しそうなほど、ドキドキしていた。笛の合図で一段目が立ち上がり、二段目も立ち上がり、いよいよ三段目だ。私はゆっくりゆっくり立ち上がっていく。笛が鳴って、両手を水平に広げると、「ワ〜っ」と歓声と拍手がまき起こった。私はうれしくてうれしくて、ニコニコしてしまった。
 十人タワーでは重いのに、一段目、二段目の人たちは文句も言わずに上げてくれた。私が「こわい」と言った時には、はげましてくれた。みんなが協力してくれたから、私は上に立つことができたのだと思う。だから、みんなに精一杯の感謝を伝えたいと思った。
◎ この導入部で、運動会の規模や雰囲気がおおよそ分かる
 これを「鳥観図」という。鳥が空から運動会を見ていて、「十人タワー」に焦点を合わせているわけだね。
○ この一文(3行)も小さな鳥観図になっている。






◎ タワーの組み上がっていく様子が、次の本番の時の動きと合わせて、順序よく実にうまく書けている。









◎ まるで映画を見ているようだ。
  だれかビデオか写真を撮っておいてくれたかな。





◎ 感謝の気持ちを忘れていないのがいいね。

この作文の優れているところは、
タワーの形と人数、動きが具体的に描かれていること、
および、
運動会でのタワーの位置づけがなされていることにある。

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16『とりかごとサカテニ』(小6 松原 悠)

さあ、いったいどんなスポーツなのだろう。

はじめの作文 添削例・諸注意
 僕たちは、サッカーの試合の前や遊んでいるとき、とりかごやサカテニをします。
 とりかごというのは、サッカーボールを使ったオニごっこです。だいたい5人ぐらいで、その中の1人をオニにして、他の人たちがオニを囲むようにして、四角や円を作り、パスを回します。オニにボールをとられたら、パスをした人がオニになり、オニはパスを回す人になります。オニのまたをくぐらせたら、オニは2回ボールをとらないと、オニをやめられません。オニが鳥で、周りの人がかごのようなので、「とりかご」という名前がついています。
 サカテニというのは、サッカー・テニスで、サッカーボールでテニスをします。ラケットではなく、足を使います。ネットはたいてい鉄棒です。鉄棒がないときはコートの真ん中に線を書いてネットの代わりにします。だいたいの見当でするので、線を出たか出ないかでよくもめます。
 どちらもゲームとしておもしろく、また、ボールのコントロールやパスのテクニックが上手になるので、とてもいい遊びだと思います。












← サッカー・テニスの略で、




← 線を越えたか越えないかで

それぞれのゲームについての説明がとても分かりやすい。
それはともかく、
何気ない遊びが、ゲームでの地をはうような速いパスや
ループシュートにつながるのだろうな。


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17『シンクロナイズドスイミング』 (中3 馬路ひなの)


動きを表現するのは難しい。
さあ、どのくらい場面を想像できるだろうか。

はじめの作文 添削例・諸注意
 私は水泳部に所属しています。私の学校は中高一貫校で、水泳部は中高がいっしょに活動し、毎年9月に行われる学園祭で、シンクロナイズドスイミングを披露しています。部員は女子が12人、男子が6人です。私は3年生で、中学のほうの部長をしています。

 シンクロは、音楽に合わせてジャンプをしたり、イルカ飛びをするのですが、水の中では音楽は聞こえません。そのため、全員が1から8までのカウントを頭の中で数えていきます。例えば、1で両手を広げてジャンプ、8で体型移動のためにイルカ飛びをするなど、全ての動きにカウントが決まっています。けれども、一人一人が頭の中でカウントを数えていると、それぞれの数えるスピードが違って、動きがバラバラになってしまいます。そこで、練習では水の中でトライアングルを打ったり、「うん」と声を出して合図をしたりします。

 学園祭では5曲を披露します。そのうちの一つの「Under the Sea」の振り付けは私が担当しました。これは、最初はプールの中心に8人ずつ2列に並び、曲が始まると、両手を高く上げて手拍子を打ち、1列に合体します。それからイルカ飛びで4人ずつ4列の正方形になり、列ごとに交互にジャンプをし、そのあと、両手を頭の上に伸ばして、ゆらゆらさせながらもぐります。これは海藻をイメージしたものです。そして、もぐったまま観客の前のほうに近づいて、横に2列になり、歌詞に合わせて水面に出て「ヨー」と声を上げます。明るくて、早いテンポの曲なので、それに合う動きを考えました。

 シンクロでは、ただ体を動かすだけではなく、背筋をピンと伸ばし、ひじをピシッと決めて、キレよく踊らないと、だらっと見えてしまいます。そこで、?プールサイドでお互いを観察したり、ビデオに撮ったりして練習し、動きを体に叩き込みます。ふだんは朝と放課後、夏休みは朝から夕方まで練習します。夏は私たちの肌は日に日に真っ黒になっていきます。

 学園祭の公演当日は、全員の息が終わりまでぴったり合って、きれいに絵を描くことができました。正確なカウントで水面に出て、周りのみんなとそろっていることが分かった時は、感動で体が震えました。
 公演の一番最後は「三段タワー」です。水面下に6人が手をつないで輪になり、その上に2人が向かい合って腕を組み、その上に1人が乗ります。下からせり上がって、最後に上の1人が雄たけびを上げてとんぼ返りをして水中にダイブします。私は一番下で水中にいたので分かりませんでしたが、水面に出て観客の拍手が聞こえてきた時は、ゴーグルの中が涙でいっぱいになりました。







← ……イルカ飛びをしたりするのですが、


← 隊形移動




○ 水の中では音はよく響くのだよね。

最後の涙で、厳しい練習に耐えていたことが想像できる。

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18『親子2キロマラソン』 (小5 阪 啓輝)

はじめの作文 添削例
 9月21日、東京学芸大学で親子マラソン大会がありました。僕たちが出る種目は「親子2キロマラソン」です。キャンパスの中の道路を走ります。ぼくは去年もお父さんと出て、1位になることができて、練習もたくさんしていたので、自信はありました。
 当日、お父さんと「8分は切ろう」と話し合いました。それは、練習で8分を切れずにいたからです。スタートの時間は11時30分で、ほかの親子は約40組いました。その中には5年生の子もいたので、勝たないといけないと思いました。お母さんはスタートの時には来ることができないと言っていましたが、ビデオカメラを持って車で来ました。
 スタートしてすぐ、ぼくたちは1位に立つことができました。しかし、20秒くらいたってもお父さんが来なかったので、少しヒヤッとしましたが、すぐに後からついてきました。1キロの前半あたりからスピードが落ちてきました。スタートにエネルギーを使いすぎたからです。お父さんについていけなくなりそうでしたが、練習のおかげか、1キロを通過したあたりから体が軽くなって、2位との距離をはなすことができました。ゴールの手前100メートルぐらいでスパートをかけ、1位でお父さんとゴールできました。
 走り終わった後、お母さんが水をくれたので、がぶ飲みしました。タイムは、目標をこえて、7分50秒でした。V2ができて、練習の成果が出たんだなあと思いました。これからも気を抜かずに、タイムをちぢめていこうと思います。


← ……中の道路をぐるっと走ります。












← ……ヒヤッとしました。親子がいっしょにゴールしないといけないからです。でも、すぐに……




← ……スパートをかけ、お父さんとならんで1位でゴールインしました。

親子で走れるなんて、いいなあ。
大学もいいことを考えるものだ。

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19『夏の寒中水泳』(中2 馬路 陶子)

いったい何ごとなのだろう。

添削例・諸注意
 私は水泳部に所属している。7月の中ごろ、自由練習で1500メートルを泳いだ。
 その日は気温が低く、1日じゅう長そで、長ズボンでも暑くなかった。曇っていて、日が射していなかった。水着に着がえただけでも寒く、プールに入る前のシャワーは氷水のように冷たく、罰ゲームのようだった。キャップをかぶってから勇気を出してプールに飛び込むと、冷たくて鳥肌が立ち、体が震え始めた。体を動かせば温かくなるので、すぐに泳いだ。休まず泳いでいたら、いつの間にか1000メートル泳いでいた。まだ時間があったので、息は苦しかったけれど、あと500メートル泳いだら、何だか体がすっきりした。
 私は晴れの日が好きだ。晴れていると、太陽の光がプールの中に射し、水が透き通って見えるからだ。でも、この日は、曇っていて光りが射さない冷たいプールもよいものだと思った。





← この日の部活は罰ゲームのようだった。

何ごとも、やりきればいいことがあるということだね。

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20.「 」

西武ドーム(手前は多摩湖)